奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
「俺、フローラも赤ちゃんも愛すと誓うよ。赤ちゃんの父親になりたいんだ」

「ピエール……無理だよ。そんなの……無理だよ」

 そんなこと……
 私には出来ないよ。

 ピエールを裏切ったのに……
 どうしてそんなことを言うの。

 アダムの赤ちゃんなのに……
 どうしてそんなこと言うの。

 これは私とアダムの問題。
 でも……マジェンタ王国に帰国し、ジュリアと付き合っているアダムに、今さら言えるはずはない。

 ◇

 それから数日が経過した。私は決心もつかないまま、不安な日々を過ごしていた。

 こうしている間にも、お腹の赤ちゃんは少しずつ成長している。

 自然とお腹に手が触れ、愛しいと思う母性本能が私の中で芽生え始めていた。

 ガーネット芸術大学の講義が終わり、いつものように図書館に向かった。悪阻も治まらず、足取りは重い。

 ――その時……
 木の茂みから、白い仔猫が車道に飛び出した。

 後方からは、猛スピードで黒い車が近付く。仔猫は逃げるわけでもなく、道路に立ち止まったままこちらに視線を向けた。

「危ない!」

 車のクラクションの音が静かな街並みに響く。

 私は躊躇することなく道路に飛び出した。両手で仔猫を抱き上げる。
 目の前に迫る車。運転手の強張った顔が視界に入った。

 ―――キキ――ッ!

 悲鳴にも似たタイヤの擦れる音。
 目前に迫る車体……。

「きゃあああ――……」

 激しい恐怖が私を襲う。
 体がガクガクと震え、全身の力が抜けた。

 ――次の瞬間……
 視界は闇に閉ざされ、私は意識を手放した。
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