奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
「俺達は結婚の約束をしている。君のお腹には、俺の子供がいるんだ」

「私……妊娠してるの」

「そうだよ。お腹が大きくならないうちに、入籍しよう。結婚式も挙げるんだ。俺、プランティエ大学に通いながら、仕事をするよ。大学を卒業するまでは親に援助して貰うことになっている。だから、安心して赤ちゃんを産んでくれ」

「私……何も覚えてないの。思い出せないの。自分が今まで何をしてきたのか、どんな生き方をしてきたのか、思い出せなくてすごく怖い……」

 彼が優しく私を抱きしめた。真っ直ぐ向けられた眼差しに、不安が少し和らぐ。

「大丈夫だよ。俺が傍にいるから。フローラのご両親には俺が連絡するから、心配しないで。忘れてしまった記憶は、無理に思い出さなくていい。今日から新しい思い出を作ればいいんだよ」

 彼は私の手を優しく握る。

 こうやって、以前も手を握ってもらった気がする。

 どこでなのか……
 思い出せない。

「虹がね……」

「虹?」

「頭に浮かぶの……。淡いパステルカラー。綺麗だった……。誰かと一緒に見た気がするの」

「虹?」

「場所はわからないけど。あなたと一緒に見たのかな?」

「ピエールでいいよ。フローラは俺のことを、そう呼んでいたから。虹は二人で見たんだよ。俺のアパートの窓から、二人で見たんだ」

「……そうなの?ピエールと二人で見たのね。だから、覚えてるのね」

「そうだよ。とても綺麗な虹だったから」

 彼は優しい眼差しを私に向けた。

 彼と一緒に見た虹……。
 だから……記憶に残ってるんだね。

 彼の言葉は、不安な私の心を優しく包み込んでくれた。

 私は彼を愛していたんだ。
 お腹には彼の赤ちゃんがいる……。

 彼も私を愛してくれている。

「フローラのお父さんがプランティエに来たら、正式に結婚を申し込む。出来るだけ早く入籍しよう。お腹が目立たない内に、挙式もしたいな」

「……もしも私の記憶が戻らなかったら……」

「フローラの記憶は、俺が全部覚えてるから、大丈夫だよ」

「……ありがとう。挙式のことはピエールに任せるわ」

「フローラ、俺、いい父親になるから」

「うん、私もあなたとの大切な思い出を少しずつ思い出すね」

 私はピエールの赤ちゃんを宿している。
 大切な記憶は全て失ってしまったけど、公爵家の子息で誠実な彼との結婚に不安はなかった。
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