奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
「フローラもそれでいいね。父さんはプランティエに長くは滞在できない。ルービリアの実家で静養すれば記憶障害も治るかもしれないよ。フローラさえよければ、一緒にルービリアに戻らないか?お母さんもジュリアもたいそう心配している」
「お母様……?ジュリア……?お父様、私は……大丈夫です。ピエールが傍にいるから大丈夫です。ルービリアには戻りたくないの。ルービリアはいや!ピエールとプランティエで暮らしたいの!」
「フローラ、まだジュリアのことを気にしているのか?ジュリアは安定している。もう心配いらないよ」
「いや……」
ヴィリディ伯爵夫人やジュリアの記憶はないのに、頭を押さえ取り乱すフローラ。
俺はフローラの傍にいき、手を握り落ち着かせる。
「ヴィリディ伯爵、フローラを混乱させないで下さい。ジュリアのことはフローラから聞いています。ですが、フローラは家族のことも過去の出来事も覚えてはいないのです。いま、実家に戻れば混乱してしまいます。ジュリアのことはどうかもう……。フローラは俺にお任せ下さい」
「……そうか、わかりました。ロンサール公爵が書類を揃えて下さっているのなら、私がとやかくいう筋合いはない。私がプランティエに滞在している間に、入籍を済ませなさい。私が二人の結婚の証人になります」
「はい。ありがとうございます」
――それから数日、ヴィリディ伯爵はフローラのアパートに泊まり、病院に通った。だが、フローラの記憶が戻ることはなかった。
ヴィリディ伯爵がマジェンタ王国に帰国する前日、俺達は病室で婚姻届けにサインをした。
フローラは記憶を無くしたまま俺の妻になった。
何の疑いも持たない、フローラの澄んだコバルトブルーの瞳。
俺はフローラに嘘をつき……許されない罪を犯した。
俺はこの罪を、一生背負って生きていく。
生涯、フローラを愛すると、この時心に誓った。
いつかきっと……
偽りの愛ではなく、フローラが心から俺を愛してくれると信じて……。