奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 もう一度、画を描こうかな……。

 私は段ボール箱から一冊のスケッチブックを取り出す。一枚ずつページを捲り、自分のデッサンを見る。

 風景画……。
 空……。
 花……。
 樹木……。
 海……。
 山……。
 街並み……。

 何冊もあるスケッチブックの殆どは、風景画ばかり……。

 最後に開いたスケッチブックに、男性の顔が描かれていた。

 人物画は他にはない。
 ピエールかな……?
 いや……違うよね?
 輪郭も顔立ちも異なる。

 誰だろう?

 ピエールとは異なる髪色、緩やかなウェーブがある。瞳の色はブラウン。

 優しい……微笑み。

 誰だかわからない……。
 でも……すごく懐かしい気がした。

 胸が熱くなるような感情が、心を包み込む。

 次のページを捲ると、青い空に浮かぶパステルカラーの美しい虹が描かれていた。

「この虹だわ!」

 いつも頭に浮かぶ風景が、そこに描かれていた。

 部屋から見た虹の画。
 窓枠の色も部屋の家具も……このアパートのものとは異なる。

 この虹は……この部屋から見た虹ではない。

 どこから見た風景なんだろう……。

 私は白紙のページにデッサンをする。
 ピエールの部屋から見える公園。
 青い空、サンサンと降り注ぐ太陽。木の葉は輝き、美しい花々が咲き誇る。

 記憶をなくしているのに、指は自然と動いた。

 まるで魔法にかかったみたいに、白いスケッチブックに風景を描いていく。胸がワクワクとときめき、心が弾んだ。

 ――夕方、プランティエ大学からピエールが帰宅した。

「フローラ、ただいま」

「お帰りなさい」

 ピエールは私を抱き締め、優しいキスを落とす。
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