奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
「今日は何してたの?また部屋の整理?」

「今日はね、画を描いたの。窓から見える風景」

 私はスケッチブックを見せる。

「久しぶりに描いた絵にしては上手いな。さすが、美術専攻だね」

「そうかな。もっと上手くなりたい。あのね……ピエール。この人誰かわかる?」

 私はスケッチブックのページを捲り、男性の顔を描いたデッサンを見せた。

 デッサンに視線を落としたピエールの顔が、一瞬曇った。

「これ、俺だよね」

 ピエールはそう言って笑った。

「えっ?ピエール!?でも雰囲気が全然違うし……髪型も瞳の色も……」

「フローラは風景画は得意だったけど、肖像画は苦手だったんだよ。以前こんな髪型にしたことあるし、これは俺の肖像画だ」

「……そうかな?これがピエールなら、全然印象が違うわ。私……こんなに下手だったんだ。ねぇ、ピエール、虹の絵を見つけたのよ。でもね、この部屋から見た虹じゃないの」

 私は虹を描いたスケッチブックをピエールに見せる。ピエールは眉をひそめ、その画を見つめた。

「この部屋は、以前住んでいたアパートだよ」

「以前住んでいたアパート……?このアパート以外に住んでいたの?」

「そうだよ。フローラ、過去の記憶なんて無理して思い出さなくていいから。俺は今のままで十分幸せだから」

 ピエールはスケッチブックを片付け、私を優しく抱き締めた。

 ピエールのぬくもりが、私を包み込む。
 ホッと安心できるピエールの広い胸。

 ピエールと見た虹……。
 そうだよね。

 私、何を焦っているんだろう。

 ピエールはいつだって、私を優しく愛してくれているのに。

「ピエール、日曜日に画材買いに行きたいの。本格的にまた画を描きたいと思ってるんだけど。いいかしら?」

「いいよ。画材を買いに行くなら、俺も付き合うよ。古いスケッチブックを使わなくても、新しいスケッチブックを買うといい」

 ピエールは古いスケッチブックを、段ボール箱に納めた。
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