奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
 ――『フローラの傍にいてやって欲しい』

 俺はピエールにフローラを託した。

 俺はフローラをプランティエに置き去りにしたまま、マジェンタ王国に帰国した。

 今さらフローラとピエールの結婚に、とやかく言える立場ではない。

 だけど……
 俺達が別れてまだ数ヶ月。
 ジュリアを自殺未遂に追い込んでしまったことへの心の傷は癒えていない。

 それなのに……
 フローラがピエールと結婚するなんて……。

「フローラね。妊娠したらしいの」

「……妊娠?」

「だから、入籍を急いだみたい。ピエール君はもうマジェンタ王国には戻らないで、プランティエ大学にそのまま残り、医師免許取得を目指すらしいわ」

 フローラが……妊娠……。

 フローラが……結婚……。

 お腹の赤ちゃんは、ピエールの子供なのか?

「フローラは妊娠何ヵ月なの?」

「さぁ?詳しくは聞いてないから。よく知らないの」

「……そう。ごめん、俺急用を思い出した。今日は早退する」

 俺は動揺を隠すことが出来ない。慌てて立ち上がり、膝の上に乗せていたジュリアのランチボックスを、地面にひっくり返してしまった。

 地面に散乱した、サンドイッチやソーセージ。土のついたパンを俺は慌てて拾う。

「ジュリア、ごめん……」

「いいの。アダム君、気にしないで。急用があるんだよね。早退していいよ」

 地面に転がるサンドイッチを拾うジュリアの目は、悲しみに沈んでいるように見えた。

 でも、その時の俺はジュリアの心まで気遣うことが出来なかった。

 フローラの妊娠と結婚。
 その衝撃的な事実だけが、心を支配する。

 本当にピエールの子供なのか?
 疑惑が頭を過り、完全に平常心を失っていた。
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