奪い婚 ~キミの嘘に唇をよせて、絡まる赤い糸をほどきたい~
「お父様、お久しぶりです」

「フローラ、体に大事はないか?赤ちゃんは順調か?フローラ、お母様と妹のジュリアだよ」

 ヴィリディ伯爵が、義母とジュリアを紹介している。俺はその場に居合わせているのに、まだ状況が理解出来ないでいた。

「お母様。私……何も覚えてなくて、ごめんなさい。ジュリアのことも思い出せないのよ。ごめんなさい」

「私達のことはいいのよ。フローラ、ピエール君と幸せになってね」

「お母様、ありがとうございます」

 フローラは優しい眼差しを、両親とジュリアに向け微笑んだ。家族や親族に挨拶を済ませると、ピエールは俺に近付いた。

「アダム……よく来てくれたね。もう逢えないと思っていた」

 ピエールは言葉を噛み締めるように、俺に話し掛けた。

「……ピエール、フローラ、ご結婚おめでとうございます」

「ありがとう」

 ピエールの隣にいたフローラは、俺を見て会釈した。一瞬驚いたように、俺の顔を見つめたが、動揺している様子はなかった。

 そして……
 フローラの口から信じられない言葉が発せられた。

「はじめまして。フローラです。何処かで……お逢いしましたか?ピエールとは、ルービリア大学のご学友ですか?」

 はじめまして?
 一体……何のことだよ?

 愕然とする俺に、フローラは穏やかな笑みを浮かべる。

「彼は俺の親友だよ。紹介する、アダム ウィンチェスターだ」

「アダム……ウィンチェスターさん」

 フローラは首を傾け、俺の顔をまじまじと見つめた。

 俺にはフローラの言動が理解出来なかった。まるで初対面のように、澄んだ瞳で俺を見つめている。

「フローラ、ルービリア大学の教授にご挨拶を」

「はい」

 フローラはもう一度俺を見つめ、不思議そうに首を傾げた。

 ジュリアが俺に歩み寄り、ワイングラスを差し出す。

「……ありがとう。ジュリア……フローラの様子が変なんだ。まるで初対面のように、よそよそしくて……」

「ごめんなさい。アダム君が知ると、ショック受けると思ったから言えなかったの。フローラはね、事故で記憶障害を起こしていて。一時的なものらしいけど。記憶喪失なんだ……」

「記憶……喪失?」

「過去は全部忘れてるのよ。お父様やお母様のことも、私のことも」

 だから……
 俺の顔も名前も覚えていないのか!?

 衝撃的な事実に、俺はその場から動く事が出来なかった。

 賑やかな笑い声……。
 会場に流れる、ピアノの生演奏。
 全ての音も華やかな人々も、視界から遮断され、気付けば俺は……煌びやかなドレスに身を包んだフローラの姿だけを、目で追っていた。
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