なりゆき皇妃の異世界後宮物語
 それを聞いて、朱熹の瞳に涙が浮かんできた。


 せめてもの親孝行ができたのなら、それでいい。


 後宮に入ることは、女にとって最大の名誉だと考えている二人である。


 女官になることを勧められていたし、女官を飛び越え、妃になるなんて彼らからしたら、最高の幸せが朱熹に舞い降りたと思っていることだろう。


(でも、私は、ずっと二人と一緒に餡餅屋を続けていきたかった……)


 誰もが願い憧れる立場であるはずなのに、朱熹は喜べなかった。


(もう二度と、二人には会えないのね……)


 楽しかった日々には戻れない。


 これが、自分の運命……。


 朱熹が落ち込んでいることが分からないほど、曙光は鈍感ではなかった。


 帰りたいと思っていることが、痛々しいほど伝わってきて、胸が苦しくなった。


 朱熹の幸せは、自分の側にはない。


 どんなに幸せにしてやりたいと思っても、本人が望まぬのなら意味がない。


 かといって、手放すわけにもいかない。


 主君としての役目と、男としての感情とで、曙光は揺れていた。
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