亘さんは世渡り上手



「ただいまー」



父さんの声が聞こえた。



「理人、調子はどうだ? 今夜はおかゆにしよう」



俺は体調の良し悪しと今日のこと、それから来週のことを父さんに報告するために、玄関へ向かう。



「父さん、もう平気だよ。それから――」



顔を合わせると同時に抱き締められた。少し急いで帰ってきてくれたのか、息が荒かった。深く上下する父さんの胸に頭を押し付ける。


もう一度、俺はもう平気だと伝えるために、ゆっくりと抱き締め返した。



「あのさぁ、父さん。もう大丈夫だって何回言ったらわかるの?」


「うん、わかってる。理人はもう大丈夫だ。だから……これは父さんの充電だ」


「充電?」


「そう、充電。家に帰れば俺を慕う息子が俺の出迎えをしてくれる。それのなんと愛しいことか」


「あはは、なにそれ」



変な父さん。


……なんて、嘘。


父さんだって母さんがいなくなって少しは悲しいのだろう。途中までは仲睦まじい夫婦だったんだからなおのこと。


俺は父さんに愛されている。


俺も父さんを愛している。


だから思っちゃいけない。


もし、俺がいなかったら……なんて。

< 129 / 291 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop