亘さんは世渡り上手
俺はふらりと廊下へ足を踏み入れる。
電話、してやろうじゃねぇか。
「和泉くん!」
慌てて付いてきた亘さんが俺の袖をくいと引く。
「あのっ……皐月さん、和泉くんに話したいことがあったそうなんです。文化祭の日、終わったあとに和泉くんのことを待ち伏せしてて……」
亘さんの目は潤んでいく。
「もしかして、皐月さんは高橋くんじゃなくて、和泉くんのことが……」
「あぁ、大丈夫。それはないよ」
「そっ、そんなの、わからないじゃないですか」
「なんなら、今から聞いてたらいいと思う」
ポケットからスマホを取り出してラインを開く。
人通りの少ないところ……というか、高橋に聞こえないところに行かないと。
亘さんの腕を引いて、渡り廊下まで歩いた。
そして、通話ボタンに指を置く。イヤホンを片耳ずつわけて、亘さんにも聞こえるようにした。
プツリと着信音が―――止まる。
『……遅いよ』
第一声は、思っていたよりずっと弱々しかった。
もう敬語じゃない。
「高橋が心配してる。いや、高橋だけじゃないはずだ」
『理人くんは、心配してくれないの?』
「しない。皐月が俺に求めてるのは、そういうのじゃないんだろ」
『面白いこと言うんだね』
乾いた笑い。鼻をすする音が聞こえた気がした。