亘さんは世渡り上手
亘さんと見つめ合ってから俺達も教室に戻ろうかと歩を進める。
すると、後ろからバタバタと駆ける音が近付いてきた。
今度はなんだ……と振り向いてみると。
「悠里ちゃん」
亘さんがぽつりとこぼす。
なんというか、その谷口は……らしくなかった。
眉を下げて、紅潮した頬。抑えきれていないにやけで、ゆるゆると弧を描く唇。胸の前に掲げられた両手の拳。
心から嬉しそうなのが伝わってきて、こっちにまで移りそうだ。
「谷口。うまくいったのか?」
気付けば声をかけていた。
「りっ、理人。へ、へへーん! わかる?」
わざとらしく鼻の下を人差し指で擦ってどや顔をする谷口。
素直に俺も嬉しい。
「頑張ってたもんな」
「あ……ま、まあね。二人っきりじゃなくて、みんなで、っていう条件にはなっちゃったけど」
「剣持先輩なら、十分上出来だって」
「う、うん。……なんでそんな急に、優しいかなぁ……」
谷口は、調子が狂うとでもいうようにうつむいて、俺と目を合わせないでそそくさと教室に入っていった。
なんか、逃げられた?
そんな疑問を浮かべたとき、予鈴が鳴って思考を打ち切る。
早く教室に入らないと。そんな考えに埋め尽くされた俺は、もうその疑問を思うことはなかった。