亘さんは世渡り上手
亘さんから言われた約束の放課後だ。先生から鍵を任されて軽く頷いた俺と亘さんは、教室に二人きりになるとじっと見つめあった。
亘さんの眉は少し下がっている。強く結ばれていたその唇が、小さく開く。
「その……わたしからも、お話があります」
「あれから何日経ったと思ってるの?」
「…………すみません」
亘さんは俯く。
違う。俺は亘さんを悲しませたいわけじゃない。なんだよ俺、素直になりたいと思ったのに、何も変われていない。
俺と『和泉理人』の境界線が曖昧になっていくほど、俺は嘘を吐くのが上手になっていく。本音を隠すのが上手になっていく。
少し。少しだけでいい。俺としての本音を漏らすだけ。
「俺……見なかったことにするから」
拳を強く握る。
「だから、友達はやめないでほしい……」
怖かった。
亘さんを友達だと信じた先に裏切られたような感覚だった。
失いたくないんだ。大切だと思ったもの、必要だと思ったもの。もう、失敗はしたくない。
亘さんはパッと顔を上げた。その表情は焦っているように見える。
「あ……っ! 違うんです! わたし、和泉くんにあれを見られたことが嫌だったんじゃなくて、楽しいのに笑えない自分が嫌だったんです!」
必死になって大きな声を出している。
なんだかそれは笑えた。