ツララなるままに……いぬの章
「ねぇ、あれって百瀬先輩だよね?」
「え? 生徒会長の?」
「格好いいよね?」
「間違いない!」
「……でも、なんで親しげなの?」
「知んない、だってあの子と話したことないもん」
悠真が現れた事により、注目度はさらに増した。
超のつく好青年で、髪は性格同様癖のない黒。
長さは肩口あたりで揃えれており、清潔感は半端ない。
正統派なイケメンとはまさに、悠真の事を指す。そうあるべきだ。
生徒会長という肩書きも板についており、眼鏡のおかげで知性的な印象さえある。
そんな素敵な先輩、百瀬悠真と犬塚千和子が知り合いである理由はありきたりである。
単に、悠真と千和子が『幼馴染み』の間柄であるからだ。
2人は同じマンションの住人であり、物心つく前からの長い付き合いだ。
学年は違うが、幼い頃は毎日のように同じ時を過ごし、飽きもせず無邪気に遊んでいた。
『ユー君』とは千和子が昔から使用する悠真に対する呼び名。
先程は人前なので、悠真の評判や自らの立場を守ろうとして呼ぶのを躊躇したわけだ。
そんな千和子の気遣いは虚しくも、悠真には届かなかった。
「携帯は無事だ。傷1つないぞ。チワは大丈夫か? 骨折れていないか?」
悠真は千和子を起き上がらせると、拾った携帯を千和子に手渡してきた。
曇りのない笑顔と的外れな台詞を受け、千和子は観念するように一息つく。
「ありがとう。骨は折れてないと思う。……てか、折れるわけないよ、流石にさ」
こんな些細なやり取りだけで気持ちは軽くなり、この瞬間だけは周囲の視線が気にならなくなった。
「そっか、それならよかった。チワは小さくて細いから心配したよ。結構な勢いで転んでたもんな?」
「うん、我ながら情けないよ。でもどうしてユー君がここに? 2年校舎に何か用事あるの?」
「『キキ』にちょっとね。教室にいるかな?」
「いると思うよ。呼んでこようか?」
「おう、頼むよチワ」
「了解、ちょっと待っててね?」
ぽんとスカートを叩き埃を落とすと、千和子は小走りで自分の教室に向かった。
また転けんなよと、悠真は心配そうな目でその姿を追った。