ツララなるままに……いぬの章
「――おい、何してんだ? 本当に置いてくぞ、ばか千和子」


 立ち上がっても一向に動こうとしない千和子を見かね、希衣斗が歩み寄ってきた。

 ぽんと千和子の額に手を置き、見下ろしながら言葉を発する。


「何かあると硬直して考え込む。昔からの悪い癖だ。そんな暇があるなら努力しろ。努力する事だけがお前の唯一誇れる取り柄なんだから」

「わ、わかってるよ!そこまで言わなくてもいいじゃんか!? キー君は相変わらず口悪いよ!」

「怒んなよ。別に悪口言った覚えはないぞ?尊敬してると言ってもいい。千和子が吉備高に受かるなんて思いもしなかったから。あれこそ努力の賜物……いや、奇跡と呼ぶべきか」

「やっぱり嫌み言ってる! もうキー君なんて知らない!」


 千和子は希衣斗の手を振りほどいた。
 大きな足音をたてて歩き去ってゆく。


 誰でも明確に分かる怒りの表現方だ。

 それでいて実に単純な女だ。

 悩みも嘆きもすっかり心の奥にしまい込んでしまった。



 猿柿希衣斗。
 悠真と違い言動がきつく、思いやりなんて欠片も持ち合わせていない。

 そんな希衣斗にだからこそ、千和子はこうやって素の自分を出せるのだと思う。

 実際強気に反論できる相手なんて家族と希衣斗以外に存在しない。

 今では幼馴染みの中で1番一緒にいる。

 ……まぁそれは部活が同じだからでもあるが。


「おい、待てよ千和子!」


 走って追いかけてくる希衣斗に対して、千和子は冷めた目で注意を促す。

「ダメだよキー君。廊下走ったら」


『どの口がほざいてる?』と言いたくなる台詞だ。

 希衣斗は反省する様子もなく、息も切らさず千和子に追い付いた。

「別にいいだろ? ちょうど今、千和子に話があったの思い出したんだ。授業始まる前に言わないと忘れそうでさ」

「そう。それで話って何?」

「……さっき雉宮に言われた。部活終わったら生徒会室に寄れってさ」

「……へぇ、そうなんだ」

「……何他人面してる? お前もだよ」

「え?」

「千和子も呼ばれてんの。一緒に行くぞ」


 唖然とする千和子を抜き去ると、 希衣斗は先に科学室に入った。



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