風前の灯夫婦の北海道珍道中
(1)
 「現実逃避だー、北海道へ行くぞー」中高年主婦瑠璃子はさけんだ。
そうです、こんな状態で、現実には生きていられない。この年になって夫、陸男がやはり中高年の女と浮気まがいをしていたのです。退職と一緒にもれなく女性問題もついてきたのです。陸男が勝手に全部白状して以来ほぼ一年、毎日、修羅場の生活でした。

モー、心も体もヘトヘトで、二人には生きていくため、なにか対策がひつようでした。
北海道旅行は陸男がいい出しました。いえ、退職のずっと前から夫婦二人で、
「将来はキャンピングカーで日本一周をしょうね」って話し合っていたのです。
もちろん仲良かったときのはなしです。
夫の女との不祥事が発覚してからの瑠璃子は誠に地獄の窯の中でした。それは今もつづいています。
しかしここへきて、陸男がなぜかいいだしました。
「会社時代の仲間が北海道で農業をやっている。一度訪ねてみたかったんだ」

そういうわけで、フェリー2泊、テント2泊、ホテル2泊の予定で出発しました。
今回は普通の自家用車です。
これまでも陸男は激する場面に入るとすぐ気持ちが切れて、たとえ旅行中でも
「こんなことではやってられない、すぐ帰る」をいいだし、まるで子供のようにダダをこねるのでした。
瑠璃子は、自分が今回の旅行ではうーんと大人でがんばろうと決心しての旅でした。

 旅行の行程は全部陸男が手配してくれました。女の気持ちに鈍感なことや人間としては大きく幼い陸男ですが仕事だけは抜かりがなくてきぱきと水を得た魚のように動き、ミスなどない陸男です。
 こういう風に女たちにもうまく対処したので、だからこそ、こういった浮気まがいが、瑠璃子が気がつくまでほぼ6年ちかく完璧すぎて発覚が遅れたのだと思うとくやしくて涙が出ますが、今はそれはいわない。
気がつくと、新潟港でして、小樽にむかうフエリーに乗っていました。
酔い止め薬ももちろん用意して万事ぬかりありません。

眩暈か、船の揺れなのかわからないほどの小さな揺れは常時つきまといます。甲板にいても食堂でもお風呂でも同じですが、朝まで外の世界に逃げられないのでやがて瑠璃子は快くかんじられるようになりました。
 ベッドで読書したり、ああ、そうだ今夜は夜中のサッカーも見られるーと思うとなんだか楽しいのです。これが現実逃避なのだ。
初めてのフェリ―ですが、頻繁にアナウンスが入り、ビンゴや、クイズのスケジュールがあるそうです。
歌のライブもあるというので、喧嘩中の陸男をともない会場に行ってみました。いやーな予感はしたのですが、、、。
 階段から、勿体ぶって、はで派手ラメラメのドレスを着た、中年の歌手が登場したときはコリャーダメだと思いましたが、もうスデにはじまってしまった。
「また君に恋してる」はまあまあだったけど、次のも次のも何とも田舎臭いのだった。

陸男に次の歌がおわったら席を立ちましょうと促したが、彼ったら、夢中であの化粧オバケおばはんの写真を撮っているではないか。
おばはんはおばはんで調子づいて「皆さんは私の顔を撮りたいでしょうが、いつでも撮っては困ります、私がコウシテ顔の前でピ--スをした時だけOKという合図ですから撮ってください」
ともったいぶったがほとんど、彼女はピースをしっぱなしなのであった。

ふと、この女の顔を陸男がカメラに納めているのが目に入りきにいらなくなった。瑠璃子は、陸男の了承を得てぜんぶ消してやった。
勿論、瑠璃子はあの浮気疑惑事件以来、自意識過剰なのではある。

 歌手のおばはんが、「CD買ってください」と、前列の人から全員に、歌いながら握手を強制的にはじめた時はヤバイと怖くなった。
ああ、自分から陸男にここへ来たいというんじゃなかった。この女は誰でも自分と握手したがっているとお目でたくも思っているのだ、何という強烈な性格なのだろう。
 でも瑠璃子達は最後尾の列、まさかあのおばはん、ここまではこないだろうとタカをククッテいたら、アラー、あの化粧のどぎつい匂いはすでに、近くまでたっしているではないか。
瑠璃子は「あの人と握手しないで」
とすばやく陸男にいったが、イヤーな予感がした。

瑠璃子は一生懸命知らんふりして前をみていたが、その時、おばはんはすぐ隣まで達していたのだ。
そして瑠璃子の肩をツンツンとしているではないか、見ると、化粧の手はヌッと差しだされ、仕方なく握手。
アーッ、その次もうおばはんは陸男の手をしっかり握っていた。
勿論強制的に陸男に石鹸で手を洗わせたことはいうまでもない。
「自分でコンサートに行きたがったからだろう」
全くだ、瑠璃子はバカだ。そして運が悪い。
陸男を怒っている癖に陸男が他の女の手にさわるのが身の毛がよだつほどいやでしょうがないのだ。
でも、石鹸で洗ったし、そのいやな感情は数日で消えた。北海道がまっている。

予定通り朝の4時半に船は小樽港についた。
寒い。セータを持ってきてよかった。
まず、朝ごはんとおもったが、開いている店などあるのか?

車でめぐり、ようやく一軒、市場をみつけ、混んでいて、こ一時間くらい待って、刺身定食を食べた。1000円。お目当てのいくら丼は時価で3100円だ。
一週間もいるのに初日から贅沢はできない。

運河や倉庫をめぐり、写真をとった。
天狗山ロープーウエイに行ったが、まだまだ開いている時間ではなく、しかたなく旭展望台にいった。
多喜二の記念碑もカメラにおさめた。
朝はやいとどんどんいける。札幌までとばした。
国営滝野すずらん丘陵公園。ここはいいよー。人もすくなかったので、いろいろな花をこころゆくまでみられた。
ラベンダーはまだ少し早かった。青い、花、ケシの一種かな「メコノプシス」の群団がそれは美しい。こういう美しさって陸男を夢中にさせたあの女をおもい出させる。

さて今夜の宿はスパだ。夕飯は頼んでない。近くのスーパーで酒やら色々買い集めて、
宿にもどり、それは広い、多種の温泉巡りをした。
北海道の温泉ジプシーのはじまりだ。

翌日は宿を出るとき自衛隊の車軍団に会った。北海道はこういうのが多いそうだ。
富良野なので、午前中はTファームでラベンダーやら、さまざまな花畑をみた。ここは有名らしく、やはり中国人観光客が大勢いた。トイレもたくさんならんでいて大変だった。

ここでラベンダーの香水を買い、野菜のカレーランチを食べた。おいしい。屋外で眼下に広々とした花畑を見下ろして食べるのは最高だ。
さて、北海道にきた第一目的、陸男の知人を訪ねることだ。

昨夜から陸男は彼にメールをして日時を打ち合わせている。
彼は富良野の中でも電波とかあまり通じない奥地に一人暮らしているらしい。
 道の途中まで彼が迎えにきてくれて、彼のKトラックについて彼の自宅に向かった。

噂どおり庭に小川が流れている。それは広々とした山の中だ。彼は広大な土地を仕事時代、こちらに仕事でいた際気に入りここを購入したという。

何年かは家を人に貸していたが、その人も引っ越してしまい自分で仕事の合間に訪れて管理していた。彼も60歳になりこの度退職し、東京をひきはらって改めて富良野の自分の家にうつり住んだのだった。
 彼は上機嫌で接待してくれた。熊が出るそうです。畑の上の山から熊がのぞいたそうである,.馬や鶏を飼いたいが熊にやられるかもしれないのでまだ飼えないみたい。

水も流れてくるのをろ過して使っているみたいです。なんという自然な暮らし、彼のお嫁さんになりたい人はいないのかしら?
彼、背が高く結構いい男なんですが、、、。
さて、富良野ではごちそうになり、今夜はキャンプの予定でしたが、(キャンプ用品持参)天気が悪くはやくも降りそうになっていたので、予定変更。宿をとったのでした。

もちろん安いところは素泊まりしかない...。
今夜の宿は美瑛、白金温泉です。素泊まりながら、温泉ですので、白い濁り湯で露天風呂もあるのですよ。

若い母親が一人入っていました。ちょっとだけ挨拶をかわしました。
朝ぶろに入りにいったらやはり顔を合わせました。普段子供の世話で忙しいんだろうなとおもいました。
500円で朝飯はでます。食堂に行ったら、若い外人の女の子が台所をてつだい、魚を皿にのせてくれました。ここで働いているみたいです。言葉が出来るのかどうかは一切しゃべらなかったのでわかりません。

美瑛では火山の観測所を見学しました。青い池も見学しました。雨が降っていてどちらもたいへんでしたが観測所まですごく長くきつい階段をあがり、しまいには「ゴール」と看板がありました。
さて道東高速を通り、富良野をでて、足寄経由阿寒湖までいきました。今夜も天候不順で、キャンプはあきらめホテルにとまります
安いわりには豪華、着く早々デザートやソフトクリームのお出迎えです。ここでの庭を歩いているキタキツネに遭遇。
日本の浴衣が綺麗な寝間着が用意されていた。大浴場のほかにも露店ぶろがあってとまっている階だった。瑠璃子が入ると、若い女性が二人ですでにいた。
のんきに昔の学生のころの話でわらいころげている。
「ああ、親友の洋子と来ればよかったな」
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