彼がメガネを外したら…。 〜彼女の証〜



すると史明は、消沈してしまった空気を払いのけるように、気を取り直した声を出す。


「さすがに寒いし、腹が減ったな。もうどこでもいいから、入ろう」


そう言うや否や、史明は辺りを見回して近場にあったラーメン屋に足を向けた。絵里花も異を唱えることなく、史明の後について行く。


暖かいラーメン屋の店内に落ち着き、向かい合って座る史明の様子を見て、絵里花はホッと息をついた。気取ったレストランよりも、こうやって肩ひじ張らずに過ごせる所の方が、却って良かったのかも…と思う。もともと、絵里花は史明と一緒に居られるのならば、どこでもよかったのだから。


史明と一緒に食事をするのは初めてではないのに、絵里花は意識してしまっていささか緊張してしまう。この緊張をほどく術は知っている。いつも収蔵庫で交わす言葉のように、歴史のことを話題にすればいい。

……だけど、絵里花は敢えてそれを持ち出さなかった。
歴史の話を始めると、史明の意識から絵里花はいなくなる。今、この場だけは、史明には絵里花自身のことだけを意識してほしかった。


程なくしてラーメンが来て、二人でそれをすすり始める。ラーメンから立ち上る湯気の中にある史明の顔を見て、絵里花は思わず言葉をかけた。


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