彼がメガネを外したら…。 〜彼女の証〜



「イナゴって、あれでしょ?外国なんかで大量発生して、穀物を食い荒らすって言う」


言葉が出てこない絵里花の代わりに、バーテンダーが小気味良く会話を続ける。


「いや、あれはイナゴじゃなくてバッタだよ。飢饉をもたらすバッタの大量発生は、飛ぶバッタという意味の〝飛蝗(ひこう)〟と言われてるけど、日本ではそのコウの字にイナゴと誤った読みを当ててしまったから、混同されてしまってるんだ」

「へえぇ〜!知りませんでした〜。彼氏さん、ものすごく博学なんですねぇ」


バーテンダーは目丸くして、絵里花に同意を求めるように、視線を向けた。
絵里花は自分が称賛されているかのように、嬉しそうに微笑んでみせた。すると調子に乗ったのか、史明が気を良くして続ける。


「そもそも『蝗』という字は、稲の害虫という意味があって、江戸時代の農学者、大蔵永常(おおくらながつね)の『除蝗録(じょこうろく)』という書物には、イナゴのことは全く書かれていない」

「あ!知ってます。ウンカの駆除をするのに、鯨の油を使ったりすることが書かれてるんですよね」


絵里花は響き合うような合いの手を打ったが、バーテンダーはあまりにも専門的な話題に付いて行けないと思ったのだろう。それとなくその場を離れていってしまった。


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