彼がメガネを外したら…。 〜彼女の証〜
バスがイルミネーションが彩る通りを過ぎて行く数分間、絵里花はデジャヴのような不思議な感覚を味わった。この感覚も、今バスの窓越しに見ている景色も……、この瞬間を忘れたくないと思った。何十年も時が経って二人の歴史を刻んでも、懐かしく思い出せるように、今起こっているすべてを心に刻みつけておこうと、絵里花は思った。
バス停から絵里花の住むマンションまでは、200メートルほど。いつもはまるで秘書のように史明の後をついて歩いている絵里花だけれど、今日は二人で並んで歩いた。
なにか適当な話題を見つけ出せたらいいのだけど、絵里花には何も思い当たらず、かといって史明が言い出すこともない。会話がなければ、どんどん足を前に運ぶばかりで、すぐにマンションに到着してしまう。
「あ、ここが私の住んでるマンションです」
絵里花が指差したマンションの外観を見て、史明は少し驚いたようだった。
「君は一人暮らしかと思っていたけど、家族と住んでいるのか?」
「いいえ。一人暮らしですよ?」
「でも、ここは家族用の分譲マンションだろう?」
「ええ、家族でここにいたんですけど、両親は『のんびり暮らしたい』と言って、郊外に別の家を建てて住んでるんです」
――だから、岩城さんも一緒に暮らせちゃいますよ…♡
絵里花の心の声は聞こえていないはずなのに、史明は少し険しい顔になった。