甘い恋は復讐の後で
　向こうの上司の方が「先に言ってる」と声を掛けて歩き出した。
　その後に続こうとする伶央さんに堪らず声を掛けた。

「あの、あの場所では働い……」

『Bar Crazy』のバーテンダーだとばかり思っていて、まさかこんなところで会うだなんて………。

　そんな純粋な疑問は彼に勘違いされてしまったようで、声を落とした彼は私の言葉を全て聞く前に冷たく言った。

「会社に報告したらいい。」

「え………。」

　言わんとすることが理解できなくて固まっていると近づいて来た彼が耳元で囁いた。
　近づいた彼からあの時に感じたウッディな香りがして切なくなる。

「そうすれば俺の人生を簡単に狂わせられる。」

　耳元で囁かれたのは心が凍りそうな声。

　去っていく彼の背中を見送りながら、やっと副職は就業規則で禁止だったことを思い出した。

「何を言われたの？」

　いつの間にかコーヒーを出してくれた谷森さんが隣にいて質問された。

「……別に何も。」

「彼、かっこいいよね。」

　小さくなっていく背中を見送りながら谷森さんは言った。

「そうだね。」

　私は曖昧に微笑むことしか出来ない。

「彼、雰囲気がある人だよね。
　よく打ち合わせにいらっしゃるけど仕事も出来るし。
　かっこいい。」

　谷森さんの意見を聞いて心の中で失笑が漏れた。

　これはごく一般的な普通に感じる彼の印象。
　私の気持ちは……そんな彼の印象を恋だと勘違いしていただけなのかな。










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