憑き夜の悪夢 ~奪い合うナナミの体~
ひねった蛇口の水のように出血する右肩の断面を押さえ、地面にうずくまる。
「うえっ、げほおっ、げほおっ…!!」
繰り返す嘔吐。極限まで痛みを感じると、人間の脳は痛覚を遮断し、それ以上痛みを感じなくなるとか聞いたことがある。
不思議なことに、あたしの場合も痛みがそれなりに薄れてきた。切られたときは……あれほど感じた熱も。
ただ、今度は逆に血が体から抜けるにつれて、極寒の雪山に裸で眠るような寒さを感じた。それと一緒に生気というか……体を動かす意思みたいなものも薄れていった。
「おい、しっかりしろよ七海」
そう言い、恭也はあたしの髪をつかみ、無理矢理、起き上がらせる。
すると鉄錆のような血の匂いと、吐き出した汚物が混ざった独特の悪臭がした。
「ちょっと臭いけど、前よりも美人になったんじゃないか?」
恭也が冗談混じりに言うと、周りの人間はドッと笑いだした。そしてあたしを囲い、様々に罵倒し始めたけれど、その声はほとんど聞き取ることができなかった。
「次、誰がやるの? 人豚まであと三人いけるけど?」
あたしの返り血をもろに浴び、真っ赤になったお母さんが言った。
「はいは~い! オレっす! オレがやります!」
英美はそう言い、チェンソーを手にした。
そのとき、
「……いや、ちょっと待て」
突然、恭也が全員に静かにするように合図した。
するとどこからかドン、ドンッ…!! と一定のリズムの鈍い音が聞こえてきた。
あたしはその音に聞き覚えがあった。
「ふはっ、来たんすね。憑霊…」
英美が言った。
見ると片足で歩く憑霊が、ゆっくりとあたし達の方へ近づいてきていた。