憑き夜の悪夢 ~奪い合うナナミの体~
「………」
「………」
誰も予期しなかった、あまりにも唐突なハプニングだった。エレベーターの中と外の間に、ものすごく気まずい空気が流れる。
白のタンクトップに細いジーンズをはいて、20代と言われても驚かないような若いルックスのお母さんは、宇宙人にでも遭遇したような顔で固まっていた。
村上さんの方は、突然の頭痛に襲われたみたいに頭を抱える。
そしてあたしはと言うと、逆にこの偶然のいたずらが起こした、コントのような状況がおかしくなり、もう少しで吹き出すところだった。
沈黙は1分か、体感では30分続いた気がする。
いけない。このままお互いに黙っているのが一番、危ない。
さっきの由梨との会話を思い出したあたしは、エレベーターから外へ一歩踏み出し、
「お母さん、ここに来たのは、偶然じゃないんだよ。あたし、会いに来たの」 と声をかけた。
その言葉に、さっきまでえらく混乱していたお母さんも、目の前の宇宙人が“自分に会いに来た娘である”ということは理解したみたいだ。
もう一歩、あたしはお母さんに近寄る。
すると村上さんは調子に乗るな! と言わんばかりに怒りのこもった目を向け「ちょっと、来い!」とSPのようにあたしの腕を引っ張ってお母さんから遠ざけた。
エレベーターの周辺からは見えにくい、同じ階にある階段まで行くと、
「なんでここに来た!? 入構証がなければ局内には入れないはずだ!!」
村上さんはあたしの両肩に手をのせ、真っ赤な顔になって怒鳴った。
怒鳴ったとは言っても、お母さんを気にしていたのか、音量こそは小さかった。けれどその声から、あたしを疎ましく思う怒気が、ビリビリと肌に伝わってきた。