京都伏見・平安旅館 神様見習いのまかない飯
 京都ひとり旅の二日目。早くも私の旅はひとりではなくなっていた。

 よく考えれば、自称「神様見習い」の真人のおかげで京都に着いてすぐにひとりではなかったのだけど、今日は本格的にひとり旅ではなくなった。

 伏見稲荷大社からさらに北の方、これまた京都の観光地としては屈指の有名どころである清水寺を、聡一くん家族と一緒に目指していた。

 昨日の夕食で何となく私は聡一くんに気に入られたようだった。それで、聡一くんから清水寺に一緒に行こうとお誘いを受けたのだ。
最初は聡一くんをたしなめていたが、私がひとり旅だと分かると、お父さん――片桐郁夫さんもお願いしてくる。私とぶつかった聡一くんを叱っていた印象が強かったが、片桐さんは笑顔が素敵ないいお父さんだった。奥さんの成実さんも私の同行を認めてくれたので、こうして清水寺詣でにご一緒させてもらっているのだった。

「はあはあ。僕、疲れた」

「がんばれ、聡一くん。お姉ちゃんもがんばるから」

 清水寺の仁王門に続く参道である清水坂を、聡一くんと手をつないで歩く。午前中だけど、日射しはきつい。

 そのうえ、ゆるゆると続く坂道が意外に太ももにくる。清水寺は高校の修学旅行で来た記憶があるが、こんなに坂道きつかったかしら。

「情けない。巫女見習い、普段運動していないだろう。神に仕える身は体力も大事なんだぞ。腕立て腹筋背筋くらいは毎日百回くらいやれ」

 なぜかというかやはりというか、私と一緒についてきた真人が手厳しいことを言う。その通りなだけに何も言い返せない。

 それにしてもさすが清水寺である。観光客、修学旅行生、外国人と、人が多い。
みんな行動的だなと変に感心してしまった。

「ママ、疲れた」と聡一くんがたれ眉をさらに下げる。

「ほら、がんばって。清水寺に行きたいって言ったのは聡一なんだから」

 聡一くんが今度はお父さんにすがる。片桐さんは聡一くんを軽く抱き上げたが、もう小学生の子供は重いのか、すぐに地面に降ろしてしまった。

 でも、「抱っこされたこと」自体で満足したのか、聡一くんはもう一度がんばることにしたようだ。

「総一も大きくなった」

 奥さんの成実さんも、坂の左右にある店を見て気を紛らわせながら、坂と格闘している様子だった。

 清水寺の周辺には二寧坂や産寧坂といった坂道が多いのだけど、参拝者はほぼこの清水坂に合流する。だから、この清水坂が最も道幅も広いし、店も多い。
八つ橋や漬物といった、いかにも古都の京都らしいお店がたくさんある。抹茶菓子のお店が多いのも、宇治抹茶とかが有名だからだろうな。

 面白そうなお菓子があると真人は、残らず顔を突っ込んでいた。試食のある店には聡一くんを引っ張っていって一緒につまんでいる。

「お店で作るお菓子のヒント探し?」

「お、少しは俺のことを理解できるようになってきたか、巫女見習い。その調子で精進しろ」

「はいはい。で、あれを作ってみるの?」

「八つ橋に使うニッキを生地に練り込んだシュークリーム、面白いな。おまえが食べたあのまんじゅうもいいんだけど、たまには違うものも作らないとな。舞子さんに怒られてしまう」

 清水寺はもともと、夢のお告げを受けたお坊さんが結んでいた草庵が起源だという。境内は十三万平方メートルというのだから本当に広い。

 この寺を最も有名にしているのが、その大舞台だ。「清水の舞台から飛び降りる」というたとえのあの舞台である。

 目の前の錦雲渓に向けて立つ高さ十三メートル清水の舞台は、清水坂よりもさらに観光客が多かった。聡一くんがはぐれないように、片桐さんが手をつなぐ。

 観光客に押されるようにして舞台の端までやってきた。

「すごいすごい」と、聡一くんが歓声を上げた。

「うん、すごいね」

 京都の町を一望できるその眺めに、私も素直に感動した。

 緑と寺の瓦が碁盤の目状にずっと続いている。片桐さん夫婦もじっくり風景を眺めていた。観光客が多いからあまりゆっくりは眺められなかったけど。

 真人は腕を組んで難しい顔をしたまま、少し離れたところに立っていた。
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