京都伏見・平安旅館 神様見習いのまかない飯
二寧坂にある老舗の甘味屋さんで私たちは休憩することにした。
聡一くんが団子が食べたいと言ったので選んだ店だ。
創業当時から追い炊きしているというタレを使ったみたらし団子が看板商品。
出てきたみたらし団子を見て聡一くんが目を丸くした。
「ママ、お団子の形が四角い」
「そうね」
正確には俵型というか、焼き鳥のねぎまのネギのような形で、上から見ると四角く見える。聡一くんが早速ひとくち食べてみて、今度はそのおいしさに目を丸くした。
「パパ、おいしい」
「よしよし。いっぱい歩いたから、いっぱい食べるんだぞ」
特製のタレは甘辛で、それでいてしつこくない。
食感も、もちもちしているのに、飲み込むときにはするりと喉を通っていく。
団子の焼き目も香ばしくて、普段食べている団子とは何もかも違っていた。
真人も、匂いを嗅いだり、ふんふんと頷きながらゆっくり味わって食べている。
「おいしいね」と聡一くんが私にも笑顔を向けてくれた。
「うん。おいしいね」
私はバッグから折り紙を取り出した。この店のそばの土産物屋で急いで買った、きれいな模様の入った少し小さめの折り紙だ。
聡一くんが早速覗き込んでくる。
「きれいな折り紙だね」
「折り紙好き?」
「あのね、カメラとか折るの好き」
聡一くんにも一枚折り紙を上げる。聡一くんはいつもよりやや小さめの紙に悪戦苦闘している。
私は赤い地に小さな鞠がたくさん書かれた折り紙で鶴を折った。
「はい、聡一くん、折り鶴」
「すごい。お姉ちゃん、上手」
赤い折り鶴を手に聡一くんがうれしそうに両親を振り返る。その聡一くんの眼差しを、笑顔を受けても、両親たちは聡一くんに軽く微笑むだけだった。
お団子を食べ終わった片桐さんがタバコを吸いに喫煙所へ行った。聡一くんが折り紙に夢中なのを見て、成実さんの方もお化粧直しに立つ。
両親たちふたりがいなくなって、それでもいい子に折り紙をしている聡一くんを見ていたら、気持ちが溢れてきて、私はいつの間にか聡一くんに話しかけていた。
「聡一くん、私ね、お母さんとふたり暮らしなんだ」
自分でも予想していない内容。でも、止まらない……。
「お姉ちゃんのお父さんは?」
「私のお父さんはね、家から出て行ったの。いろいろあったんだっていまでは思う。小さい頃は分かんなかったけどね」
こんな話したって、聡一くんにはそれこそ分からないことは私だって想像つく。
「………………」
聡一くんが折り鶴と私の顔を何度も見ている。折り鶴を作りながら、続けた。
「お父さんに会いたいときもあったよ。でも、お母さんは女手ひとつで私を一生懸命育ててくれたから、お母さんの前ではそんなこと言わなかった。でも、一度だけ成人式の晴れ着を着たときに、何でだろうね、どうしても会いたいなあって、思って」
試着で合わせた晴れ着の赤が、いま折っている鶴の赤とだぶって見えた。
「そうしたら、お父さんから私宛に手紙が届いたの。小さな封筒で、私への宛名だけあって、差出人は書いてなかったけど、きっとお父さんからだってすぐに分かった」
お母さんが先に見つけなくて本当によかったと思う。
「どんな手紙だったの?」と聡一くんが折り鶴を弄びながら尋ねた。
「手紙は入ってなかったんだ。入っていたのは、お父さんによく折ってもらった折り鶴が二羽」
それを見たとき、「えー、これだけ?」って混乱したっけ――。
「でも、羽の所にね、『成人おめでとう』って書いてあったの」
「………………」
「だからね、聡一くん」折り上がった二羽目の鶴を聡一くんに渡して、その小さな手を握りしめた。「お父さんもお母さんも、ほんとうにあなたのことが大好きなんだよ。何があっても、どんなふうになっても、子供のことを気にしていてくれる。愛してくれている。お姉ちゃんはそう信じてるよ」
自分で言っていてもまとまってないことは分かっている。何を言っているかもよく分からない。
でも。
聡一くんの優しいたれ眉の目に、透明な液体が膨らんでいった。
「………………っ」
声もなく、しゃくり上げることもなく、目元をしきりにこすり続ける。
聡一くんが泣いていた。
声のひとつも立てないその泣き方は、聡一くんのもともとの泣き方なのだろうか。
それとも両親の離婚を知ってから身につけてしまったものだろうか。
タバコから戻ってきた片桐さんが泣き出した聡一くん見つけた。
「どうした、聡一。何かあったのか」
片桐さんが急に大きな声を出した。他のお客さんの視線が集まる。
聡一くんは目をこすりながら無言で首を横に振り、私も何も言えなくなった。
真人は全然違うところを見ながら、みたらし団子を食べていた。
聡一くんが団子が食べたいと言ったので選んだ店だ。
創業当時から追い炊きしているというタレを使ったみたらし団子が看板商品。
出てきたみたらし団子を見て聡一くんが目を丸くした。
「ママ、お団子の形が四角い」
「そうね」
正確には俵型というか、焼き鳥のねぎまのネギのような形で、上から見ると四角く見える。聡一くんが早速ひとくち食べてみて、今度はそのおいしさに目を丸くした。
「パパ、おいしい」
「よしよし。いっぱい歩いたから、いっぱい食べるんだぞ」
特製のタレは甘辛で、それでいてしつこくない。
食感も、もちもちしているのに、飲み込むときにはするりと喉を通っていく。
団子の焼き目も香ばしくて、普段食べている団子とは何もかも違っていた。
真人も、匂いを嗅いだり、ふんふんと頷きながらゆっくり味わって食べている。
「おいしいね」と聡一くんが私にも笑顔を向けてくれた。
「うん。おいしいね」
私はバッグから折り紙を取り出した。この店のそばの土産物屋で急いで買った、きれいな模様の入った少し小さめの折り紙だ。
聡一くんが早速覗き込んでくる。
「きれいな折り紙だね」
「折り紙好き?」
「あのね、カメラとか折るの好き」
聡一くんにも一枚折り紙を上げる。聡一くんはいつもよりやや小さめの紙に悪戦苦闘している。
私は赤い地に小さな鞠がたくさん書かれた折り紙で鶴を折った。
「はい、聡一くん、折り鶴」
「すごい。お姉ちゃん、上手」
赤い折り鶴を手に聡一くんがうれしそうに両親を振り返る。その聡一くんの眼差しを、笑顔を受けても、両親たちは聡一くんに軽く微笑むだけだった。
お団子を食べ終わった片桐さんがタバコを吸いに喫煙所へ行った。聡一くんが折り紙に夢中なのを見て、成実さんの方もお化粧直しに立つ。
両親たちふたりがいなくなって、それでもいい子に折り紙をしている聡一くんを見ていたら、気持ちが溢れてきて、私はいつの間にか聡一くんに話しかけていた。
「聡一くん、私ね、お母さんとふたり暮らしなんだ」
自分でも予想していない内容。でも、止まらない……。
「お姉ちゃんのお父さんは?」
「私のお父さんはね、家から出て行ったの。いろいろあったんだっていまでは思う。小さい頃は分かんなかったけどね」
こんな話したって、聡一くんにはそれこそ分からないことは私だって想像つく。
「………………」
聡一くんが折り鶴と私の顔を何度も見ている。折り鶴を作りながら、続けた。
「お父さんに会いたいときもあったよ。でも、お母さんは女手ひとつで私を一生懸命育ててくれたから、お母さんの前ではそんなこと言わなかった。でも、一度だけ成人式の晴れ着を着たときに、何でだろうね、どうしても会いたいなあって、思って」
試着で合わせた晴れ着の赤が、いま折っている鶴の赤とだぶって見えた。
「そうしたら、お父さんから私宛に手紙が届いたの。小さな封筒で、私への宛名だけあって、差出人は書いてなかったけど、きっとお父さんからだってすぐに分かった」
お母さんが先に見つけなくて本当によかったと思う。
「どんな手紙だったの?」と聡一くんが折り鶴を弄びながら尋ねた。
「手紙は入ってなかったんだ。入っていたのは、お父さんによく折ってもらった折り鶴が二羽」
それを見たとき、「えー、これだけ?」って混乱したっけ――。
「でも、羽の所にね、『成人おめでとう』って書いてあったの」
「………………」
「だからね、聡一くん」折り上がった二羽目の鶴を聡一くんに渡して、その小さな手を握りしめた。「お父さんもお母さんも、ほんとうにあなたのことが大好きなんだよ。何があっても、どんなふうになっても、子供のことを気にしていてくれる。愛してくれている。お姉ちゃんはそう信じてるよ」
自分で言っていてもまとまってないことは分かっている。何を言っているかもよく分からない。
でも。
聡一くんの優しいたれ眉の目に、透明な液体が膨らんでいった。
「………………っ」
声もなく、しゃくり上げることもなく、目元をしきりにこすり続ける。
聡一くんが泣いていた。
声のひとつも立てないその泣き方は、聡一くんのもともとの泣き方なのだろうか。
それとも両親の離婚を知ってから身につけてしまったものだろうか。
タバコから戻ってきた片桐さんが泣き出した聡一くん見つけた。
「どうした、聡一。何かあったのか」
片桐さんが急に大きな声を出した。他のお客さんの視線が集まる。
聡一くんは目をこすりながら無言で首を横に振り、私も何も言えなくなった。
真人は全然違うところを見ながら、みたらし団子を食べていた。