京都伏見・平安旅館 神様見習いのまかない飯
 遅すぎるお昼ご飯を食べ終えた片桐さん一家は、何度も頭を下げて小宴会場から出て行った。食べ終えたお膳をまとめて美衣さんに後片付けをお願いすると、私は大きくため息をつく。

「どうした、巫女見習い。まだ食い足りなかったか」

「違う」

「じゃあ、どうした。デザートが欲しいのか」

 真人が何の悪意もない顔で私を見ている。純粋に食事の量が足りなかったのではないかと心配されるのも悲しい……。

「そうじゃなくて。私、聡一くんを泣かせちゃっただけだった。それにしても、聡一くんがハンバーグが大好物だってよく分かったわね」

「まあな、俺は見習いとはいえ、神様だからな」

 うそぶいた真人を見て、美衣さんがくすくす笑っている。

「どうかしました?」

「いえ、ちょっとおかしくって」

「余計なこと言ったら神罰を下すぞ」と真人が物騒なことを言った。

「はいはい。ふふふ」

 どうやら聡一くんのハンバーグ好きを見抜いたのは何か理由があるらしい。

 真人が噛みつきそうな顔をしているのでその場では聞けなかったけど、あとで美衣さんがこっそり教えてくれた。

 ――美衣さんはじめ、仲居さんに何人にもお願いして昨夜のうちに聡一くんの好みを聞き出したのだそうだ。さらに、夕食と朝食の食べ残しも厨房にこっそりチェックに行ったという。点数のためだとぶつぶつ言いながら。不器用な神様見習いだ。

 美衣さんを追い出し、真人が不機嫌な顔で呟いた。

「それにしても人間というのは本当にあやふやな心の生き物だ。食べ物ひとつでころころと変わる」

「でも、今回はいい方に変わったんだからいいじゃない」

 真人が私を不思議そうに覗き込んで、そのあとそっぽを向いて早口で言った。

「おまえだって、自分の過去をつらくても引き合いに出して、励ましてやったんだ。きっとあの子には届いてるさ」

 真人、まさか私を慰めてくれた? 信じられないものを聞いた気がした。

 少しだけ泣きそうになった。

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 でも、翌日、私は違う意味で泣きそうになった。

 朝早く、それこそ朝食もとらないで、聡一くん家族が「平安旅館」を引き払って出て行ってしまったのだ。

 しかも、これまでと同じ、夫婦はよそよそしく、聡一くんだけが両親に話しかけながら――。

 私はお別れの挨拶もできなかった。
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