京都伏見・平安旅館 神様見習いのまかない飯
 振り向けば、着物姿のすごい美人がにこやかに立っている。

 着物は京友禅というのだろうか、春空のような淡く澄んだ青に、薄紅色の桜の花が描かれていて、上品で優雅だった。帯もいつまでも見ていられる光沢で、これも京都だから手織りの西陣の帯だろうか。

 それ以上に着ている人が素敵だった。

「うわー……」と間抜けな声が出てしまう。

 京美人。もうそれしかなかった。

 肌はきめ細かく透明感があって、ほんのり桃色をしている。ほっそりとした眉と目はまるで高級ひな人形のようだった。ぽってりした唇に指した紅が派手すぎず地味すぎず、みずみずしい美しさを添えている。

「『平安旅館』の女将をさせていただいてます京極(きょうごく)舞子(まいこ)と申します」

 お辞儀ひとつ取っても、同じ女として恥ずかしくなるくらいにきれいだった。

「あ、えっと。天河彩夢です。よろしくお願いします」

 思い切り直角に腰を折ってお辞儀する。顔を上げたら美人の女将さんがくすりと笑っていた。

「うちはいま流行のインターネットとかには名前、載せてませんの。せやから、知る人ぞ知るの隠れ家みたいなお宿でして。さっきの真人さんは居候みたいなもんで……」

 女将さんが指さす方向には「平安旅館」と書かれたワゴン車が止まっている。運転手と思われる眼鏡姿の人の良さそうな男性がにこやかに頭を下げていた。

 ワゴン車には他にも人が乗っているみたいだ。家族連れのようで、子供が窓から顔を出している。

 何だか待たせちゃって申し訳ない気がする。それに、気にくわなかったら他の宿にしてもいいって言ってるし。真人だけなら怪しいけど、他の人はいい人っぽいし。

 私は例によって言い返すことをしなかったばっかりに、送迎のワゴンに乗り込んでしまった。

 こうして、伏見稲荷大社のそばで出会った神様見習いと、その巫女見習いに勝手に命じられた私との不思議な日々が始まったのだった。
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