死神の恋
「未来?」
恐怖と緊張からようやく解放された彼が、私の名前を呼ぶ。
「なに?」
「今まで誰にも話せなかったこと、聞いてくれる?」
抱き留めていた腕を緩めれば、彼が真っ直ぐ私を見据えた。
「うん。もちろん」
私の目の前で、彼が黒のキャップを脱ぐ。そしてハラリと落ちてきた長めの前髪を右手で掻き上げた。
少し癖のある前髪の隙間から、彼の瞳をチラリと見たことはある。でもこんなに間近見たのは初めて。
吸い込まれるようにその澄んだ丸い瞳を見つめると、彼がおもむろに話を始めた。
「物心ついたときからそれは見えていて……だからみんな見えるものだと思ってた。それを見かけると父親や母親に、あれはなに?とよく聞いた。でも父親も母親も、なにもないでしょ、と言うだけだった」
彼は言葉を選ぶように、慎重に話を進める。
「俺がそれの正体を知ったのは、小学二年生の夏。母親の実家に帰省したときだった。じいちゃんの胸の辺りに、それが取り憑いていたのが見えた俺は、そのことをじいちゃんに話した」
彼は一度話を止めると、大きく深呼吸をした。
この話をする前、彼は『誰にも話せなかったこと』と言った。今までひとりで悩み苦しんでいた彼を思うと、やり切れない気持ちになってしまう。