死神の恋
名前も知らない彼に弱みなど見せたくない。そう思っても、瞳からあふれ出てしまった涙は簡単には止められない。
ポケットからハンカチを取り出し、頬に伝う涙を拭った。
そんな私の耳に聞こえてきたのは「……泣くなよ」という彼の小さな声。あまりにも近すぎるその距離感に驚いていると、彼の腕が私の背中に回った。
もしかして私、抱きしめられている?
そう気づいたのは、背中に回った彼の腕に力が込められたから。彼の胸の中に、私の体がスッポリと収まる。
私を包み込む彼の体は温かくて心地いい。死の恐怖と不安が徐々に薄れていくのを実感した。
けれど私は父親以外の男の人に抱きしめられたのは、生まれて初めて。この先どうしたらいいのかわからない。
私の背中に回った彼の腕を拒むことも、彼に身をゆだねることもできない。ただときが流れていくのを彼の胸の中で待った。すると昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴り響く。
彼は死の恐怖と不安に怯える私を、抱きしめて慰めてくれただけ。あたり前だけどそこに恋愛感情はないと頭では理解できるのに、触れ合った箇所に感じる彼の温もりが恥ずかしい。
ゆるりと解かれた彼の腕から離れると、校舎に向かって一目散に駆け出した。