御曹司とおためし新婚生活
【第二話】交渉成立しました
──明倫堂で働くことは、私の夢だった。
私が幼い頃、病弱で入院しがちだった母。
なかなか完治しない病と繰り返す手術で心が沈み込んでしまった母に、父と一緒にプレゼントしたのが明倫堂の口紅だった。
白いシーツが広がるベッドの上で力なく背中を丸めた母。
その少しかさついた唇に口紅を塗るだけで、母の気持ちは上向いていった。
柔らかい声を発する母の華やかな唇と、陽だまりのような優しい笑顔を見た私は思ったのだ。
まるで魔法だと。
お化粧は、人の心を前向きにする魔法がかけられるのだと。
そして、その魔法を世に広めたいと思った。
もっともっと、母のように前向きになれる方法があることを。
女性だけでなく、男性だって、きっと。
だから、明倫堂に入社したいと強く思って就職活動に挑んでいた。
そして今、広報部に配属できていることは私の中では奇跡にも近い確率で。
本当に幸せなことだと噛みしめてわき目もふらずに仕事に励んでいた。
……昨日までは。