御曹司とおためし新婚生活
庭園を飾る緑がさわさわと擦れ合い、その音に重なるのは、耳の内でトクトクと速度を上げていく心臓の音。
お前がいい、なんて。
うっかり都合のいい理由を探しそうになったけど、先日、プロポーズ展開を妄想して天から地に叩き落されたのを思い出した。
勘違いするまいと気を引き締めていた間に、彼の形のいい唇が開いて。
「お前は俺に興味がないだろう」
部長は僅かに眦を和らげた。
「興味、ですか?」
「ああ。俺は、そんなお前に興味がある。だから、お前ならと思った」
部長に興味のない私に興味があって、このお試しの結婚生活を提案した、ということらしい。
けれど。
「興味って、それはどういう──」
性格、言動、思考。
どこを対象にした興味なのか。
尋ねようとしたら。
ぎゅるるるるるるる。
空気を全く読まない自分のお腹の音に邪魔をされ、羞恥に思わず頬が熱を持つ。
「す、すみません」
咄嗟にお腹を押さえて、視線を逸らした直後、「ふっ」と目の前の人が、吐息で笑った気配がして。
もしかして貴重な笑みが目の前あるのではと急いで部長へと視線を戻したけれど。
「とりあえず飯にするぞ。適当に買ってきた材料だから簡単なものになるが、ご要望通りに作ってやるから手伝え」
東雲部長は立ち上がり、私に背を向けてリビングに入っていってしまう。
一瞬見えた横顔に笑みは浮かんでいなかったけれど。
やっばり、笑っていたような気がして。
次こそはチャンスを逃すまいと心に誓いつつ、キッチンへと向かう東雲部長の背を追った。