御曹司とおためし新婚生活


「あら、部長の連れ?」


椅子に腰を下ろしたゆずちゃんからは愛想のいい彼の顔が見えるらしく「ちょっと、彼ってもしかして」と突如目をハートにする。


「やっぱりゆずちゃんも見覚えある?」

「あるも何も、鳳(おおとり)さんよ。ほら、うちがよく頼んでるカメラマンの」


カメラマンの鳳さん。

その肩書きと名前に私はようやく思い出す。

そうだ。

先月、秋冬の新作発表会の準備で企画部のフロアにあるサンプルルームに訪れた際に見かけたのだ。

打ち合わせにやってきたという鳳さんを。

芸能人のように華やかな雰囲気を纏った人だったから、自然と目が追っていたんだろう。

私を指導してくれているシャルマントPRマネージャーの奥田さんが、前下がりのボブカットを揺らして『彼が気になる?』と首を傾げた。

特別な理由があったわけでもなく、ただ社内の人間ではなさそうだったので不思議に思った旨を伝えると、奥田さんは教えてくれた。

彼は鳳 那智(なち)さんという名で、明倫堂に出入りしているカメラマンだということ。

物撮りのセンスはさることながら、ムービー撮影の腕も確かで、明倫堂のお抱えともいえるべき人なのだと。

ただ、女性関係がだらしないとの噂があるようで、あなたも気を付けてね、なんて忠告をくれつつ奥田さんは笑っていた。

どうやら鳳さんのことをゆずちゃんも知っていたらしい。

というより、ゆずちゃんは私より二つ年上で、広報部としても一年先輩だ。

すでに一緒に仕事をしたことがあるのが当然だろう。

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