御曹司とおためし新婚生活
二人の会話を興味深そうに聞いていた谷川さんも、紙コップを持つ手とは反対の腕を腰に当てると艶やかな唇を動かす。
「あらそうなの? でも、まあ珍しいわよね」
谷川さんの言葉に、部長はまた首を僅かに傾けた。
「何がですか?」
「ほら、あなた昔から女性がどうしようとどうなろうとあまり関心を示さないじゃない」
言われて、東雲部長は顎に指を添えると「……なるほどな」と納得しているようだ。
まるで他人事みたいに答える部長を可笑しく感じながらも、私は密かに喜びを噛みしめる。
意識的か、それとも無意識か。
どちらなのかはわからないけれど、二人の話でわかるのは、私が東雲部長の特別なのかもしれないということ。
それが、嬉しくてたまらないのだ。
そして、もっと彼の特別な姿を見て、彼の特別になりたいという思いは、私の知っている限り、ひとつの感情にしか辿り着かない。
けれど、部長にとっての私の位置が”可愛がっている部下”で”お試し結婚生活の相手”というものでしかないとしたら。
脳内を一瞬巡った切ない未来に尻込み、自覚しかけた想いに蓋をしようとした刹那。
「だからこのアホウドリが前よりも鬱陶しく感じるのか」
東雲部長の辛辣な声に不穏な空気を感じ、所在なく漂わせていた視線を慌てて東雲部長へと移す。