御曹司とおためし新婚生活
「予想外すぎる……」
思わず声に零してしまう。
けれどそれはひとりだけの広い空間に溶けて消えて……いく、はずだったのだけど。
「本当に予想外だなぁ。ここで会えるなんて、運命ってやつ?」
廊下から、白い半袖シャツに袖を通した鳳さんがこちらに向かって歩いてきた。
「お疲れ様です。こんな時間まで打ち合わせですか?」
「まぁ、そんなとこ」
ヘラッと笑ったその口の端を彩る赤。
どう考えても誰かとキスしていたと思えるそれに、私は呆れて目を細めた。
「……唇の端に、口紅がついてますよ」
「おっと。バレたか」
特に慌てる様子もなく、鳳さんは親指で口紅を拭う。
「会社でなにやってるんですか」
「落ちにくい口紅だっていうから試させてもらったんだよ」
「女性の唇で?」
「気になる?」
「なりません」
即答すると、鳳さんは私の隣に腰を下ろし足を組んだ。
「俺はね、気になるよ。君と東雲の関係」
「え……」
東雲部長の名が紡がれて、心臓が跳ね上がった。