御曹司とおためし新婚生活
『わかってると思うが、鳳に絡まれても相手をするなよ』
これも昨夜、東雲部長から言われた言葉。
東雲部長個人としては別のカメラマンにしたくとも、明倫堂としては鳳さんの腕がほしい。
故に、鳳さんを外すことは選択肢にない。
だから打ち合わせ以外の時間に接触する際は気をつけろと念を押されたのだ。
「鳳さん、こんにちは。ごめんなさい。まだこれから準備で」
本体のスイッチを操作し、谷川さんに連絡をすべく専用のリモコンを手に取ると、一連の動作を眺めていた鳳さんが「手伝おうか?」と首を傾げた。
緩くウェーブした髪が揺れて、私は笑みを浮かべる。
鳳さんと二人で準備なんて、どうぞ口説いてくださいと告げるようなものだ。
「いえ、そんな。時間まで休憩スペースで休んでいてください」
これ以上、東雲部長をがっかりさせるまいと、まったく気を持たせることのない事務的な態度で丁重にお断りした……のだけど。
「笑顔が固いなぁ」
食い下がるというよりも、私の態度を指摘してきた。
「東雲に何か言われたんだろ?」
鳳には近づくな、とか。
そう口にした顔は微笑んでいるけれど、目は笑っていない。
でも、それも一瞬。
「コーヒー飲んだばっかりだから休憩はいらないんだ。で、これ並べればいい?」
彼はデスクの上の箱から資料を取り出して私に見せた。