きっと夢で終わらない
「準備いいですか?」


間延びした声の奥に、ほんの少しの期待が見えた。
弘海先輩なりにも、きっとこれが私と向き合ってくれた結果。


「いいですよ」


胸の前で手を組む。
なけなしの演技力の才能を集めるように、目を瞑って。

また、風が抜けていく。


「杏那……?」


空気がふるりと揺れる。優しい声が鼓膜を叩いた。

生徒に注文をつけた手前、自分もそれ相応のことをするのが先輩らしい。
息を吸って、気持ちを入れる。


「弘海先輩? ……わ、お久しぶりですね!」


振り返って、まっすぐ見つめて、何年ぶりか分からない、とびきりの笑顔を添えて。
我ながら自然にできたと思う。
渾身の演技。私の本心。

弘海先輩は、私の迫真の演技に見とれていたのか、しばらく固まっていた。
至って普通に演技をしただけなのに、何か気に触ることをしただろうか。
目の前で手をひらひら振ると、ようやく現実に戻ってきて「女優になれそうだね」と表情を崩した。
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