きっと夢で終わらない

「あ、先輩!」


ホースを引っ張って花壇に水をあげていたのは、きいちゃんだった。
建物陰から覗く私に気づくと、水を止めて切りそろえられたボブの髪を耳にかけ、太陽に負けないくらい眩しい笑顔を向けてきた。


「先輩、昨日来てました?」

「寝坊しちゃって、ギリギリだった」


自然に出てきた、嘘。
きいちゃんは何の疑いもなく信じた。


「そういう時もありますよね」


鼻歌を歌いながら、きいちゃんは水やりを再開する。

私より二つ年下、高校一年のきいちゃんは、高一の冬からの付き合いだ。
ある日「お花に水やってたの、先輩だったんですか?」ときいちゃんが話しかけてきたのが最初。
それからほとんど毎日、私の朝の水やりの時間にここに来るようになった。時々、所属している吹奏楽部の活動関係で来ない時もあるけれど、殆どの場合、ここにきてからホームルームに帰る。

きいちゃんはそれだけではなくて、土日もどうせ部活で学校に来るから、と休日の水やりを申し出てきた。
だいたいこの水やりは私が勝手に受け継いだだけで、そもそも私のものではないし、水やりも学校のある平日にしかやっていなかった。だから誰がこの花に水をあげようが知ったことではない。
なので「好きにしたらいい」と返した。
少々突き放したように、冷たいように聞こえたかもしれない。
言った後でハッとしたが、きいちゃんは「先輩がいなくなったら私が乗っ取って、後継者も育てます」と意味のわからない決意表明をしてきた。
それからは水やりはなんとなく、基本的に平日は私、休日はきいちゃんの分担制になっている。
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