きっと夢で終わらない

「……あ、えっと、別に無理にとは」

「いいに決まってるじゃないですか! 何ですか? 何でもしますよ?」


バク転でも披露します? と、きいちゃんは私の心配もよそに、目を輝かせて食い気味に言ってきた。
予想外の反応で、きいちゃんの思わぬ特技も知ってしまい、私の方が驚く。
おまけにきいちゃんは170近くあるので、160ない私からすると、こう前のめりになられるとすごい圧を感じて少し仰け反った。


「……あ、ちょ、少し待って」

「いいですよ。どうぞ」


おすわりを命令された犬のように、きいちゃんはすぐ私から離れ、目の前にしゃがんだ。
つぶらな瞳とはこういうのを言うのかな、と考えて、思わず頭を撫でてしまいたくなる衝動に駆られる。

でも、思い直す。
前の私なら「かわいいね」と手を伸ばしたかもしれないけれど、今の私はそんなことをしていい立場じゃない。
まずこの子は犬じゃないし、私はきいちゃんにとってはこの花壇だけで会う「ただの先輩」だ。部活の先輩よりも、クラスメイトよりも、もっと他人。


ちょっと好意的な反応を示されたからって、自惚れるな。
そう戒めて、私は花壇の縁に置いていたカバンの中からメモ帳とボールペンを取り出した。
メモ用紙の一枚に「内緒にしてください」と走り書く。
それを切り離し、小さく折りたたんで、ポケットの中から出したビニール袋の中のハンカチに忍ばせた。

そのハンカチをきいちゃんに差し出す。
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