ベストフレンド~本当の友達~
部室の前に到着してしまった。

ドアに手を掛ける。

手が震える。

昨日、初めて自分の教室に入ろうとした時と同じだ。

このまま、逃げてしまおうかという同じ考えも湧いてきた。

どこまでも、逃げ続ける。

怖いものや自分を傷つけるもの、全てから逃げ続ける。

そんな生活を、一瞬だけ考えた。

それは無理だ。

それを可能にするのは、自殺だけだ。

自殺だけは、どうしてもできなかった。

私はドアを開ける。

中には女子テニス部の3人がいた。

「桑野さん! 来てくれたんだ!」

浜岡さんが立ち上がり、こちらに近づいてくる。

一瞬だけ小村さんを見る。

少し、睨まれているように感じた。

会田さんは表情を変えずに、こちらを見ている。

「ありがとう、来てくれて」

浜岡さんがお礼を言った。

「ほら、佳織。謝って」

浜岡さんが促す。

「すいませんでした」

棒読みだ。

何の感情もこもっていない。

「もっと感情込めて」

「すいませんでした!」

ただ声が大きくなっただけだ。

「もう、素直じゃないんだから」

浜岡さんは不満気だ。

私としては、小村さんに謝ってもらっても、もらわなくてもどちらでもいい。

一番の願いは、早くこの場から出たいということ。

「友里先輩、何でこんな陰気な人誘ったんですか? 私は桑野先輩がこの部に入ること、反対です。雰囲気が暗くなります。せっかく今まで楽しくやってきたのに」

その通りだ。

私は邪魔者で不適合者。

場を暗くすることしかできない。

「佳織、それは違うよ」

浜岡さんは小村さんの言葉を否定する。

「何が違うんですか?」

「桑野さんは陰気な人なんかじゃないよ」

「どう見たって、陰気な人ですよ。全然しゃべらないですし、表情も変わらないじゃないですか」

その通りなんだけど、やはり心は痛む。

「佳織は本当の桑野さんを知らないだけだよ」

「友里先輩は桑野先輩とは昔からの知り合いですか?」

「違うよ。昨日初めて会った」

「じゃあ、本当の桑野先輩を見抜くことなんてできませんよ」

「ううん、できるよ。桑野さんは今はこうして自分を表に出すことはできないけど、きっといつか、明るく笑える日が来るよ」

浜岡さんの言葉が、染みる。

そんな日が来るはずないということは、私が一番わかっている。

いじめのせいで、心はバラバラに引き裂かれ、誰も信用できなくなった。

この世界に自分の居場所なんて、どこにもないと思っている。

「だから、桑野さん」

浜岡さんが私の手を握る。

「少しでいいから、自分の思っていること、言葉にしてほしい」

「わ、私は……」

私はどうしたいの?

どうすれば、この地獄から抜け出せるの?

自己嫌悪と人間不信の繰り返しの地獄。

抜け出し方は、わからない。

死ぬまで、苦しむしかないの?

もう傷つきたくない。

「私は桑野さんの味方だよ」

浜岡さんは私の手を強く握る。

体温が伝わってくる。

信じていいのだろうか。

長く忘れていた人を信じるという心。

何度も裏切られ、傷つけられ、誰も信じられなくなっていた。

浜岡さんの目を見る。

澄んだ目に私が映っていた。

それでも、信じたい。

浜岡さんが信じられる、というのはただの勘だ。

浜岡さんの見せた笑みが、掛けてくれた言葉が、本物だと信じたい。

「私は」

何を言えばいい?

何を伝えればいい?

私は誰とも関わらずに、空気のように生きたい。

いや、違う。

私が本当に望んでいることは、そんなことじゃないはずだ。

私が本当に望んでいること、それは。

「私は!」

大きな声を出した。

声が震える。

小村さんと会田さんが驚いた様子で、こちらを見た。

「本当の友達が、欲しい。ちゃんと生きたい。死ぬこととか、考えないように」

私は今まで抑えていた気持ちを一気に吐き出した。

もう、嫌だ。

下を向いて生きていくのは、嫌だ。

「……大きい声、出せるんですね」

小村さんは驚いたまま、静かに言った。

「死ぬこととか重いね」

会田さんが呟いた。

「それでいいんだよ、桑野さん!」

浜岡さんは弾けるような笑顔を見せる。

「桑野さんの過去に何があったかは知らない。だけど、桑野さんも自分の生きたいように生きていいんだよ」

生きたいように生きる。

私が封印してきた、生き方だ。

周りの目を気にして、自分をずっと抑え込んできた。

言動全てが馬鹿にされ、嘲笑され、自分が嫌になっていた。

この場所でなら、今までを終わらせることができるだろうか。

ちゃんと居場所を見つけられるだろうか。

私は自分の力で、自分の居場所を見つける。

「この部活に……入ってもいいですか?」

私は浜岡さんに聞く。

そして、小村さんと会田さんの顔を見る。

「もちろんいいよ! 佳織も美羽も、いいよね?」

「いいよ。よろしく」

会田さんは笑顔を見せる。

「よ、よろしくお願いします」

小村さんは視線を合わせない。

「満場一致だね。よろしくね、桑野さん」

「うん」

私はうなずいた。

「じゃあ、今日改めて歓迎会しようよ! 昨日と同じ場所ね」

浜岡さんの提案と同時に、チャイムが鳴った。

私たちは部室を出て、駆け足で教室に向かう。

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