ベストフレンド~本当の友達~
家に着いた。

「今日はバイトだったわね。早く夕飯にしてちょうだい」

叔母さんは相変わらず不機嫌だ。

友達はいないのだろうか。

もしかして、私のように人間関係で失敗したから、こうして一人で暮らしているのかもしれない。

勝手な憶測だけど、叔母さんが少しかわいそうに思えてきた。

「何ぼーっとしてるの? 早くしなさい」

叔母さんに怒られて、私は急いで支度を始める。




夕食後、私は自分の部屋で私服を並べていた。

並べていたといっても、大量にあるわけではなく、3着しかない。

彼氏も友達もおらず、休みの日はほとんど家で本を読んでいるような生活なので、仕方ない。

もっと、服を買っておけば良かったと後悔する。

3着の中で一番無難で可愛い服を選び、明日着ていくことにした。

なんだか、恋人と出掛けるみたいだ。

友達なんだし、服選びにここまで気合を入れなくてもいいのかも。

「太郎の散歩ー!」

1階から叔母さんの怒声が飛んできた。

忘れていた。

私は急いで1階に降り、玄関から庭に出る。

太郎を連れて、散歩へ向かった。



いつもの散歩コースを太郎と共に歩いていると、野部君に出くわした。

学校の鞄と、ラケットバッグを背負っている。

ラケットバッグは浜岡さんのものより大きく、ラットが何本も入りそうだ。

「こんばんは、桑野さん」

「こんばんは、野部君」

「家、この近くなんだ。犬の散歩?」

「うん。野部くんも家、近いの?」

「うん、まあね。でも、今から帰るわけじゃないけどね」

どういうことだろう?

もう時刻は7時に近い。

散歩だろうか。

私は疑問に思い、聞いてみる。

「散歩?」

「いや、これからテニススクールなんだ。9時半くらいまで練習」

「すごい……」

自然と驚きの声が出ていた。

「いや、それほどでも」

私はスポーツが全然できないから、スポーツに打ち込んでいる人を尊敬するし、憧れる。

浜岡さんが言うには、ウチの高校の男子テニス部は全国大会まで行くらしいけど、野部くんはレギュラーなんだろうか。

テニススクールも併用するくらいだから、きっと相当上手なのだろう。

「まあ、テニスで生活していくって決めたからね。つまり、プロになる」

野部くんは決意のこもった瞳を向けながら言った。 

「テニスで、生活……? プロになる?」

テニスのことは詳しくないけれど、どんなスポーツでもプロの選手になれるのは、一握りの人間だけだ。

そして、プロになるだけでなく、プロとして生活できていけるのはもっと少ないと思う。

それを、やると自信満々に言っている。

可能なのだろうかと、少し疑う。

だけど、野部くんの決意の強さは言葉と目で感じ取れた。

「でも、プロを目指してること、どうして私に教えてくれたの?」

「プロになる意志をなるべく隠す人もいるみたいだけれど、僕は積極的に周りに言うことにしているんだ。周りに言うことで、自分を追い込みたいんだ。あと、スピリチュアルな話だけど、言霊ってやつかな。言葉の力を信じているんだ」

隣の席の男子が、こんなにすごい人とは思わなかった。

「頑張って、野部君」

ただ、そう言うことしかできなかった。

「ありがとう、桑野さん。なんだか、昨日よりよくしゃべるね」

「えっと……」

しゃべり過ぎて何か不快な思いをさせただろうか。

私が不安そうな顔をしていたのだろう。

「嬉しいよ、話したかったから」

野部くんはフォローしてくれた。

そう言ってもらえると、こちらも嬉しい。

「そういえば、女子テニス部に入ったんだっけ?」

「うん」

「友里が強引に誘ったの?」

「ううん、自分の意思で」

私ははっきりと言った。

「そっか、最初は嫌がってたみたいだから、心配してたんだ」

「うん、大丈夫」

嫌がっていたのが、遠い昔のように感じる。

「それなら、良かった。友里のことよろしく頼むよ。それじゃあ、時間もあるから行くね。おやすみなさい」

「おやすみ」

野部くんは去って行った。

友里のことよろしく頼むよ。

その言葉が脳裏に引っ掛かる。

主に世話を焼いてるのは、浜岡さんの方だ。

浜岡さんは私が面倒を見るようなことは、何もない。

浜岡さんが暴走しないように、ブレーキ役になって欲しいということだろうか。

いや、それは会田さんの役目だと思う。

まあ、いいか。

私は深く考えなかった。

立ち止まっていると、太郎にぐいぐいと引っ張られる。

「はいはい、行くよ」

私は暗くなりかけている道を歩く。
< 26 / 68 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop