ベストフレンド~本当の友達~
「ちょっと、何勝手に使ってるの? ここ、女子のコートなんだけど。使うなら、私たちの許可取ってよね」

会田さんが声を上げる。

どうやら、勝手に使っているようだ。

男子部員たちは打つのをやめ、こちらを見る。

「いいじゃねえか、お前らは遊びみたいなもんだろ? こっちはガチでやってるんだから、俺たちが使った方がいいだろ?」

勝手な言い分だ。

確かに、私たちは本気でやってないし、大会にも出ないけれど、決まりは決まりだ。

「あんたら、何年?」

会田さんが聞く。

「1年だけど」

「私ら、2年なんだけど。先輩には敬語、使いなさいよ」

「尊敬できない先輩には、敬語使わない主義なんで」

男子部員たちは再び打ち始める。

会田さんは怒りに震えているようだ。

会田さんが再び何か言おうとしたとき、友里が制して立ち上がる。

「じゃあさーこうしようよ。私と君らのどっちかがシングルスで試合して、勝った方がコート使うっていうのはどう?」

友里はそんなことを言った。

男子部員たちは打つのをやめ、こちらを向く。

「はあ? 女子が男子に勝てるわけねえだろ? それも、遊びでテニスやってるような連中が」

片方の男子が呆れている。

「まあ、いい。俺が相手してやるよ。俺が勝ったら、永久的に男子がこのコート使わせてもらうってことで、いいか?」

「いいよ。そうだ、君が負けたら何でも言うこと一つ聞いてね」

「ああ、負けねえけどな」

もう一方の男子は乗り気のようだ。

大丈夫なのだろうか。

友里の表情は自信満々といった感じだ。

確かに、さっき女子同士で打った時、友里は一番上手に見えた。

だけど、強豪校の男子相手に勝てるのだろうか。

負けたら、コートが使えなくなってしまう。

コートが使えなくなったら、廃部になってしまうのではないか。

まあ、先生に言いつければ解決する問題だ。

でも、友里が仕掛けた以上、それは格好悪い。

試合する方の男子が友里に近づいてくる。

「サーブ権はそっちにやるよ。時間ももったいねえし、さっさとやろうぜ。1セット取った方が勝ちな」

「わかった」

かくして、試合が始まった。

私達はコートの脇で試合を見守る。

もう一方の男子が審判をすることになった。

「大丈夫かな?」

私は呟いた。

もちろん、友里には勝ってほしい。

しかし、相手は男子、しかも強豪校のテニス部所属。

ABCコートで練習していない、ということは部内でも弱い方だと思うけれど、女子と男子では筋力や体力など、様々な面で明確な差がある。

「友里は多分大丈夫だよ」

会田さんが言った。

「どうして?」

「あいつ、強いから」

友里がサーブを打つ態勢に入る。

ボールを頭上に投げ上げ、体を弓のように反らせ、サーブを打った。

そして、気付いた時にはボールは向こうのコートに入っていた。

速い。

それしかわからなかったけど、相手の男子も審判の男子も、小村さんも何も言えずに驚いている。

唯一、驚いていないのは会田さんだけだ。

「フィ、フィフティーンラブ」

審判の男子の声が震えている。

「お、男子と女子が試合か?」

いつの間にか、ABCコートで練習していた男子の一部が集まってきた。

男子の方も、今は顧問の先生はいないようだ。

「飯田ー! 何女子にサービスエース決められてんだよ!」

見ている男子部員の一人が大声を上げる。

「あんなの、マグレっすよ! 次からちゃんとやりますって!」

試合している男子は飯田君という名前らしい。

「桑野さん、何で友里が試合しているの?」

野部君も見に来た。

私は試合するに至った経緯を説明した。

「なるほどね、友里なら言いそうだ」

野部君はふっと、息を吐く。

「この試合、すぐに終わるだろうね」

野部君は呟いた。

野部君の言葉通り、試合は一方的だった。

友里がサーブを打てば、3本に1本は返ってこない。

返ったとしても、すぐに友里が鋭い打球を放ち男子を寄せ付けない。

初心者の私から見て、友里は飯田君より打球が速いわけではない。

だけど、飯田君の走っている方の逆に打ったり、ネットギリギリに落としたりコントロールに優れている、と思う。

友里は技術で優っている。

初心者の私でも、それがわかった。

だが、友里は遊んだり、手を抜いたりするようなことはせず、一方的に叩きのめした。

最後のポイントになった。

マッチポイント、と言うらしい。

時間にして、1時間も掛かっていない。

最後は友里の打球が、ラインギリギリに入って勝負は決した。

「本当に勝っちゃった……」

私は小さく呟いた。

「やったー!」

友里は拳を突き上げる。

一方、飯田君は崩れ落ちる。

「野部君、友里はどうしてあんなに強いの?」

私は野部君に聞いた。

「ん? まあ、それは……」

野部君は言いよどむ。

何を知っているのだろう。

「みんなー勝ったよー!」

友里はこちらに走ってくる。

「さすが、友里だね」

会田さんは友里の頭を撫でる。

「友里先輩、あんなに強かったんですか?」

「うん、私は強いよ」

飯田君は立ち上がり、こちらに近づいてくる。

「強いな、お前」

飯田君はそれだけ、絞り出した。

「あ、そうだ。私が勝ったら、言うことなんでも聞いてくれるって言ったよね?」

「あ、ああ。できる範囲でな」

友里はニヤニヤしている。

「どうしよっかなあ」

「な、なんだよ。あんまりひどいのは、なしだぞ」

「全裸でスクワット100回」

「は!?」

飯田君は驚いて、声を上げる。

「みんなー! 飯田君が全裸スクワットするってー!」

友里は集まってきた男子部員たちに向かって大声で言った。

男子たちは盛り上がる。

「飯田ー。女子に負けたんだからしょうがないよなー」

「そうそう、早くやれよー」

男子たちは囃し立てる。

飯田君は戸惑っている。

まさか、本当にやるのだろうか。

「まさか、逃げだすなんてしないよね? 男の子だもんね?」

友里が追い詰めるように言った。

「え、ちょっと待てよ、勘弁してくれよ……」

飯田君は泣きそうになっている。

だけど、周りは許そうとはしない。

「飯田ー、さっさと脱げー」

飯田君は上だけ脱いだ。

「ほら、早く脱いで。先生来ちゃうよ。まさか、時間切れを狙ってるつもり?」

友里は追い詰める。

周りの男子たちはニヤニヤしている。

誰も、止めない。

嫌だ、この雰囲気。

こんなの、嫌だ。

強者が弱者を一方的に虐げている。

周りの人も誰も止めようとしない。

しかも、やっているのは友達の友里だ。

坂を転げ落ちるように、どんどん悪い方向へ進んで行っている気がする。

誰かが、止めないといけないんだ。

私は前に出る。

「や、やめようよ! 友里!」

私は気付いたら、大声を出していた。

友里は驚いてこちらを見る。

「こんなの……いじめだよ」

私は弱々しく、呟いた。

いじめという言葉を口に出すのは、とても勇気が必要だった。

いじめという言葉を口にすると、どうしても思い出してしまうから。

一気に場の熱が冷めたのがわかった。

そして、友里はわなわなと震えている。

私の大声に驚いたのだろうか。

「そ、そうだよね。やりすぎだよね。飯田君、やっぱなしで」

「お、おう」

その時、男子の顧問の先生が来た。

「お前らー! 練習はどうしたー!」

顧問の先生は大声で怒った。

男子部員たちは一斉にコートに戻る。

私達4人は、その場に立ち尽くす。

「ごめん、私のせいで……」

友里は謝っていた。

「友里、ちょっとおかしかったよ。あんなことやらせるような子じゃなかったでしょ?」

会田さんが叱るように言った。

「うん……」

友里はあからさまに落ち込んでいる。

「みんな、何やってるの?」

一人の教師が近づいてきた。

女子テニス部の顧問の先生だろう。

若い女性の先生だ。

授業で会ったことはない。

「一宮先生、お久しぶりです」

小村さんが言った。

「久しぶり。それで、試合してたの?」

「はい、友里と男子部員が」

会田さんが答える。

「浜岡が……。まあ、いいや。それじゃあ、適当に見てるから打っててよ」

「今日は帰ります」

友里がぽつりと言った。

「そう、じゃあ終わりね。私は職員室帰るから、ブラシ掛けと片付けはちゃんとやるように」

一宮先生は背を向けて去ろうとする。

「先生、私、新しく入部しました」

私は慌てて呼び止める。

「あ、そういえばそうだっけ。確か、転校生の桑野さんだったよね?」

「はい、入部届けに印をお願いします」

「印鑑は職員室にあるから、付いて来てよ」

「はい」

「他のみんなは、ブラシと片付けね」

私と一宮先生は職員室へ向かった。

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