ベストフレンド~本当の友達~
翌日。

今日は部活の日だ。

太郎は暑さでぐったりしていた。

私は家を出て、部室に向かう。

友里には会いづらい。

会ったら何かよくないことが起こりそうだ。

そんな予感がした。

それでも、サボることはしない。




部室に着くと、顧問の一宮先生がいた。

「おはようございます」

「おはよう、今日はやってほしいことがあるの」

「何ですか?」

「うん、本当は夏休み前にやろうと思てたんだけど、部室の掃除をしてほしいの」

そういえば、掃除をしたことはない。

部室内で飲食をすることもあるので、少し汚れている。

いい機会だ。

徹底的にやろう。

「じゃあ、私は職員室にいるから、何かあったら呼んでよ」

「はい」



10分後、美羽と佳織が来た。

私は部室を掃除をする旨を伝えた。

「掃除かー。そういえばやってなかったね」

「部室は暑いですし、友里先輩いないですけどさっさと始めちゃいましょう」

掃除が始まった。

まずは、壁際にある棚を外に出すところから始まった。

3人で棚を持つ。

「せーの」

棚が持ち上がる。

結構重い。

棚を苦労して外に運び出した。

部室内に戻る。

「あれ?」

佳織が声を上げた。

何か見つけたようだ。

「何それ?」

美羽が聞く。

黒い長方形の物体があった。

ちょうど、USBメモリくらいの大きさだ。

その物体は、壁にテープ止めされている。

その時、友里が部室に姿を現した。

「おはよー。みんな、掃除してるの?」

「あ、友里先輩。おはようございます。これ何かわかりますか?」

佳織がその物体を指差す。

瞬間、友里が青ざめるのがわかった。

「わ、わからないけど、私が先生に届けておくよ」

「いや、待って。危険物の可能性もあるよ。私たちは触らずに先生に来てもらおうよ」

美羽が危険物という言葉を発したので、場に緊張が走る。

爆発とかするのだろうか。

でも、こんな場所に仕掛ける意図がわからない。

「そうですね、先生を呼んできます」

佳織が先生を呼びに行こうとする。

「待って!」

友里が叫んだ。

「どうしたの? 友里」

私が聞く。

「それ……私の」

友里は震える声で言った。

え?

さっき、わからないと言ったはず。

嘘をついたのか。

「友里のなんだ。で、何なのこれ?」

美羽が聞く。

「えっと、パソコンのパーツ」

「何のですか?」

「えっと、メモリ」

「USBメモリですか?」

「そう! それ」

「何で部室にあるんですか?」

「落としたの」

「テープで止められてますけど」

「あ……」

3人から、友里へ疑いの視線が集まる。

友里は嘘をついている。

何か隠そうとしている。

そのことは明白だった。

「い、いいじゃん何でも!」

友里は大声を上げる。

「何キレてんの? 危なくないものなら、正直に何か言えばいいじゃん」

美羽が問い詰める。

「何やってるの?」

その時、野部君が部室に姿を現した。

「野部君、どうしたの?」

私が聞く。

「部活してたら友里の大声が聞こえてきたから、来てみたんだ」

野部君がそう言った後、黒い物体に目を向ける。

「え、それ……盗聴器」

「は!?」

友里以外の3人の驚きの声が重なった。

「この前、テレビで見たのと同じやつだ。ちょっと先生呼んでくる!」

野部君が部室を急いで出て行こうとする。

「待って!」

友里が大声を上げた。

「私が……仕掛けたの」

友里は諦めたように言った。

静寂が場を包む。

遠くで、男子テニス部の声が聞こえる。

美羽が口を開く。

「友里、何で? 犯罪だよ、こんなの」

美羽が再び問い詰める。

「不安、だったから」

「不安?」

「みんなが私がいない時に、私の陰口言ってるんじゃないかって不安だったから……」

友里は絞り出すように言った。

誰も、何も言えなかった。

わかってしまうから。

その気持ちが。

特に私たちのような子供なら、よくわかる。

しばらくの沈黙の後。

「友里は私たちのこと、そんな風に見てたんだ」

美羽がゆっくりと、責めるように言った。

友里の表情が歪む。

「友里、仕掛けたのは1個だけだよね?」

私が聞く。

「……教室にも仕掛けたし、修学旅行の時も持って行ったよ」

また、重い沈黙が流れる。

「先生に言いましょう」

佳織が静かに言った。

「そ、それは……」

友里が縋るような視線をみんなに向けた。

「盗聴は許されることではありませんよ。最低です、友里先輩」

佳織は冷静だった。

静かに怒っている。

美羽も佳織も盗聴に怒っているわけではない。

美羽が言ったように、陰口を言うような友達だと思われていたことに怒っているし、悲しんでいるんだ。

私にもその気持ちはある。

「私、帰る」

美羽は止める間もなく、部室を出て走り去って行った。

「私も帰ります。友里先輩が自首してくれると信じています」

佳織も去って行った。

「桜……」

友里が視線を向けてくる。

いつもの友里とは別人のように、弱々しい。

「桑野さん、聞いてくれ。友里は昔……」

「待って、憲一君。私が言うから」

友里は私の方に向き直る。

まっすぐ、視線がぶつかる。

「私ね、昔いじめられてたの」

友里が語ったのは辛く苦しい、いじめの経験。

いじめの内容が詳細に語られた。

「本気でテニスやってたんだけど、いじめのせいでやめちゃったんだけど。それに、辛かったのは授業参観かな。授業参観でもいじめられてたし、誰も助けてくれなかった。何より、親にいじめられているのを知られるのが、死ぬほど恥ずかしくて、悔しくて、情けなかったんだ」

友里の声はまるで他人事ののようだった。

まるで、機械のようにしゃべっていた。

「もう、いいよ友里。もう、話さなくて」

私が止めても、友里は話し続ける。

「親も先生も周りの子も、誰も助けてくれなかった。親のことは特に恨んでるよ。まあ、この学校に通わせてくれたのは感謝してるけど。高校生になって変わろうと思ったんだ。幸い、この高校で中学までの私を知ってるのは憲一君だけだし。まず、性格を変えて、クラスの輪に入って、女子テニス部を作って、みんなを誘って……」

友里の言葉が一旦途切れる。

「それでも、無理だったんだ。陰口の恐怖から抜け出すことは。人を信じられないんだよ。いくら仲良くなっても、裏では何を言ってるかわからない。今日、わかったよ。人を信じないから、誰にも信じてもらえないんだ」

「友里、私は……」

何を言えばいいんだろう。

どうすれば、友里を助けられるんだろう。

「桜を初めて見た時ね、すぐにいじめられっ子だってわかったよ。私と同じだもん。結局、声を掛けて仲良くしたのも、自分より弱そうだったからなんだよ」

「それは、違うよ!」

「違わないよ。私はいじめられてた頃と何も変わってないんだ。弱くてどうしようもない人間なんだよ」

このままだと、きっと私たちの関係は終わってしまう。

そして、今私が掛けるべき言葉なんて、決まっている。

「桜……いや、桑野さん。今までありがとう。もう、終わりにしようよ。私たち、友達じゃなかったんだよ」

友里は部室を出て行こうとする。

その手を、私は掴んだ。

友里が振り向く。

その頬を思い切り、はたいた。

「友里の、馬鹿!!」

私の内にあるのは、燃える怒り。

「何勝手に終わらせようとしてるの! 私は、友里と友達でいたい!」

「で、でも、私は……」

「だって、初めての本当の友達なんだよ……。嫌だ、嫌だよ。友里は私と一緒にいて、嫌だったの? 楽しくなかったの? いつも笑ってたじゃない! 私は楽しかった。嬉しかった。この数か月が人生で、一番幸せだった! だから、だから、友里とこれで終わりになるなんて、絶対に嫌! ……嫌ぁ」

涙がボロボロ出てくる。

鼻の奥が痛い。

いろんな感情が洪水のように押し寄せる。

「桜……」

「友里、お願いだから、行かないで……」

友里の瞳から、一筋涙が流れた。

「ごめん、桜……」

友里も泣き出す。

「私も、嫌だよ。桜と友達でいたいよ!」

2人で、声を上げて泣いた。

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