長谷川君には屈しないっ!
「いきなり、ごめんなさい」
そう言いながら恥ずかしさを含んだ微笑みを彼に向ける。
すると、彼も再び口を開いた。
「俺も好きですよ、この本」
表情はあまり変わらないけれど、その声には無機質な中にも優しさがあった。
どうやら彼はあまり気にしていない様子。
よかった…。
「俺の名前まだ知らないですよね」
そう言われてみればそうだ。
あ、でも確か…、
「廉…」
藤木君が前にそう言っていたような気がする。
「はい。風間廉[カザマレン]です。俺も」
「私は上地実子。また、本のこと聞いてもいい…?」
「はい、ぜひ」
あれから少し経って、
帰るために図書室を出た私は、下駄箱へ向かった。
既に太陽も傾き、オレンジ色の光が足元を照らす。
そこに自分の影を落とし、自分の靴に手をかけた時だった。
さらに大きな影が私を覆った。
「待った」
その言葉と同時に、靴を取ろうとしていた私の頭上に、何かが置かれた。
声につられて顔を上げると、
「…!」
そこには練習着姿の長谷川君がいた。
「よ」
そう言うと私の上に乗せていた手を離した。
…やばい。
とっさにそう思った。
文化祭以来席が離れたこともあり、接する機会がなかったから、完全に心の準備をしていなかった。
でも、ここで慌てたらダメだ。
平常心、平常心…。
「今から帰んの?」
「はい、そのつもりです」
全集中力を返事をするのにつかい、平然を装って言葉を返す。
「ちょっと待ってろ」
すると、当の長谷川くんはそう言い残してどこか行ってしまった。