長谷川君には屈しないっ!
…23、24、25。
「よし」
ボールがちゃんと全部あることを確認した私は続いてビブスの確認をする。
…そういえば、今度練習試合があるから倉庫から多めに出しておくよう先生に言われたんだった。
薄暗い倉庫の中を目を凝らして探してみるが、いまいちよくわからない。
とりあえず、端から見て行こうかな…。
と、奥の棚に手を伸ばそうとしたとき、
「何か探してるんですか」
後ろから声をかけられた。
伸ばした手を戻して振り向くと、さっきまで佐々木さんの方にいた風間君が後ろに立っていた。
「今、ビブスを探してて」
「それなら、こっちの棚に…」
風間君が視線を向けた先には棚があり、多くの荷物が置かれている。
お礼を言って探し始めようとすると、そのまま風間君も一緒に探し始めた。
「俺も手伝います」
モップ掛けならともかく、ビブスを探すだけなら、棚の中を片っ端から探していけば見つかるはず…。
「でも…」
「ふたりでやった方が早く終わりますし」
その言葉に断る言葉を失い、結局作業を一緒にやってもらうことになった。
そして探し続けていると、『ビブス予備』と書かれた段ボールを見つけた。
「あった!」
「取れそうですか?」
見つけた箱は思いのほか奥行きの深めな棚に置いてあり、私が腕を全開で伸ばしても、届くかどうか際どいところだ。
「俺取りますよ」
そう言いうと風間君はすっと私のいる位置へと場所を移動した。
脚立に乗れば取れそうだけどここは風間君にお願いする方が良さそうだ
「お願いします」
爪先を少し伸ばした風間君は、軽々とその箱を棚から取り出し、箱を私に手渡す。
「ありがとう」
倉庫を閉め、ビブスを用意し終えるとちょうど佐々木さんたちもモップがけを終えたようだ。
「腹減ったー。なんかどっか寄っていかね?」
「おー、そうしようぜ」
体育館の外次出ると空はもうすっかり濃いオレンジ色に染まっている。
「あとは私がやるのでよかったら先にどうぞ」
「あ。ほんと?じゃあ後はよろしくお願いします〜」
そう言って佐々木さんから体育館の鍵を受け取ると、今の会話を聞いていたのか、
部員のひとりが佐々木さんに声をかけた。
「佐々木先輩この後予定とかあるんすか?」
「特にはないかな」
「じゃあ、どっか寄ってから帰りましょうよ!」
「ぜひぜひっ」
胸の前で両手を合わせ、にっこりと笑顔を見せた。
佐々木さんと部員たちの足音が遠ざかっていくのが聞こえ、私も帰り支度を整える。
「あ。私、廉君とも話してみたいな〜」
「おい廉、お前も一緒に行ここうぜ!」
少し離れたところで男子部員がおもむろに風間君にそう呼びかける。
「いや、俺は遠慮しておきます」
「なんだよ。せっかく佐々木先輩が誘ってくれてんだぞー。何か用事でもあんの?」
「まぁ、うん」
「用事があるなら仕方ないね…」
「すいません」
「ううん!また次の機会に。またね」
そう言って佐々木さんたちは歩いて行ってしまった。
そして部室に一度戻って鞄を取り、こっちも施錠する。
その後鍵を足早に職員室に届け、校庭を歩いくと校門に人影が見えた。
「お待たせしました」
「ん、帰るぞ」
ジャリっと砂と靴の擦れる音とともにポケットに入れた手を出し、歩き始めたのは長谷川君だ。
私がマネージャーになってから、こうして帰るのも何回目かだ。
なんとなく足元を見ながら歩いていると、いつだかの時のような冷たさを頬に感じた。
「ひゃっ」
反射的に振り向くと、長谷川君は爽やかな笑顔とともにお疲れと言った。
何か言おうと思っていたのに、そんな笑顔を向けられてしまうと何も言えなくなってしまう。
「…ありがとう、ございます」
「今日遅かったな」
「明日の準備があったので…。すみません」
なんだか不思議なもので、
4月の頃は互いにいがいがした関係性だったのが、文化祭あたりから少しずつ変化し始め、
今ではマネージャーをやっている私。
「そういえば、倉庫で話してたのって誰?」
歩きながらふいに質問された。
「あ、風間君です。仕事を手伝ってくれて」
「ああ廉とか」
「本の趣味が合ってよく話しかけてくれるんです。風間君がどうかしたんですか?」
「別に」
自分から聞いてきたのに、なぜか長谷川君は少し不機嫌だ。