あの夏の日の花火
「ま、無理しないように」

香川部長はそう言ってポンっと私の肩を叩いて去っていく。デスクに戻ってPCに向き直る姿に今日も帰宅は花火が終わってからなんだろうな、と気の毒に思った。

さて私はどうだろうか。
後輩ちゃんのフォローに時間を取られた分、自分の仕事はまだ残っているけれど。

どうせなら花火が終わってから帰りたいところ。

私は自転車通勤で電車の混雑は関係がない。
だから花火が終わった後の混雑よりも、花火の音を聞きながら帰宅の途につくことの方がずっと苦痛。

けれどこんな日に限ってやることは多くない。

30分ほどですることのなくなってしまった私はため息を一つついて部長のデスクに向かった。
すでに外からは花火の音が響き始めている。

「お先失礼します。あの、明日なんですけど……」
「お疲れ。ああ、明日有休だっけ?」
「はい。なので会議準備のフォローお願いします」

必要書類は全て用意して、会議室も予約済。
あとは直前の室内の準備だけとはいえ、あの後輩ちゃんだとやっぱり不安は残る。

「大丈夫!たまにはゆっくりして」
「すみません、ありがとうございます」

頭を下げて、着替えのためにフロアを出てロッカーに向かう。
通路の窓ごしにドオン、と低い花火の音が室内よりも鮮明に聞こえて耳を塞ぎたくなった。

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