あの夏の日の花火
頭に浮かんでしまった懐かしい顔を目を閉じて振り払う。

階段を上がりきると、少しだけ息が切れた。
体力だけが自慢なのに年をとるごとになくなっている。

一昨年あたりまでは全然余裕だったはずなんだけどな。

私ももう26。
友達の中には小学校の子供がいるコだっている。

渡部さんが焦るのもムリないのかな?

もう26。
年々時間が過ぎるのは早くなって、あっという間に三十路に突入していそう。  

だからって自分も焦ろうという気はさらさらないけど。

だって私は誰かを好きになれそうにはないから。

誰といても、気がつけば違う人と重ねていたり比べていたりする自分を知っているから。

社会人になって、一度だけ会社の上司とそういう関係になったことがあった。

誉められた話ではないけれど、相手は既婚者で子持ち。
お互い本気にはならない。
平日の夜に出張だと偽ってホテルに私と泊まっても、休日には家族サービスする。
その距離感が楽だった。

顔でも、性格でも、お金でもなくて。
長くてキレイな指が好きだった。
その指に嵌まった結婚指輪に安心した。

でもどうしてその指が好きなのか。
爪の形が特に好きだと、そう気づいた時に気づいてしまった。

--彼と同じなのだと。

長い指も手入れのされた爪も私に触れる温かい手の温度も。

全部彼に似ていて、でも、彼じゃない。
私のものには決してならない人。
絶対に本気で好きにはならない人。

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