あの夏の日の花火
「つまりちょっとした提案だよ」

そう言って唇の端を上げて笑う敏也の顔。
悪戯っぽい表情に奇妙に大人の男の色香が混在するその顔は、その昔、まだ学生だった敏也がよく見せたものと同じで、こんな時なのに私は少しだけ懐かしくなる。

敏也と、私と、アキと。

三人でいた時にもよく見せていた顔。
この顔をする時の敏也は、ろくなことを考えていない。

敏也がこういう顔をする時、たいてい貧乏くじを引くのはアキだ。
いつも無茶ぶりやらいらない苦労やら後始末やらをさせられて、それでも苦笑して。

『悪気はないんだよ。たぶん』

なんて言ってくしゃりと笑う。
怒るのは私の役目。
それを宥めて頭を撫でて、後でコッソリとオデコにキスしてくれるのはアキ。
散々迷惑かけておいて悪びれずにアキにしなだれかかるのが敏也。

(やめてよ)

もうあの頃とは違う。
違うのに。

悪戯っぽく唇の端を上げる笑い方も、頬に落ちる髪を耳にかきあげる仕草も、長い少しだけ節くれだった指も、きれいな爪も。

全部。
全部、私が好きになった。
私があの頃どうしようもなく惹かれてしまった敏也と同じで。

苦しくなる胸の内を、私は俯いて押し隠す。

「ふざけないで」

口をついた声は、我ながら無様にかすれていた。


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