祈らないで、願わないで。
第三話 瓜二つの寧々
第三話 瓜二つの寧々
..あれからどれくらい時間が経っただろうか
窓の外はもう真っ暗で、気付けば時計の針は夜中の二時をさしていた
「....」
何もやる気になれなかった俺は、ベッドに横になって呆然と代わり映えのしない天井を見つめる
『....あなた、誰』
震える声で、彼女は言った
『私はきっと..貴方の知ってる“寧々”じゃない』
唇をギュッと噛み締めて、彼女は信じがたい発言をした
『私は“霧島寧々”。この春こっちに引っ越してきたばかりなの』
それに、と彼女は付け加えて
『私...三年より昔の記憶が、無いの』
..三年前の記憶が、無い?
俗に言う記憶喪失とかいうやつか?
..そんなドラマみたいなことが、本当にあっていいのだろうか
それに、俺の知る寧々は確か、霧島では無く..
"日南川寧々"、だったはず
「..他人の空似にしちゃあ、タチが悪すぎる」
ギュッと唇を噛み締め、拳に力を込める
「..何だよ、寧々じゃ無いのかよ」
行き所のない拳が、ダンッ!!と壁を殴る
「..くそっ!!」
いつもみたいに、あの頃のように俺をからかっているんだろうか
『わーい!じんってば、まーた引っかかったぁ〜!』
よく小さないたずらを仕掛けては、ことごとく俺の反応を見て無邪気に笑っていた
『も〜!そんな怖い顔しないで?
..駅前にね、新しくアイスクリーム屋さんが出来たんだって!一緒に行こうよ!』
寧々が俺にいたずらを仕掛ける時は、決まって何かがあった
ある時はアイスクリーム屋さんに行こうと言い出し、
ある時はテスト勉強を教えて欲しいと言われたり...
「....」
でもその一つ一つが、今となってはかけがえのない、大切な時間だったのだと
今になって気付いた。
「..やっぱ、見間違えたのかな」
だけどどうしても、思い出の中の寧々が頭から離れない
「..俺を欺いてるなら、もういいだろ...そろそろネタバラシしてくれたって、いいだろ...」
寧々はまた、両手を口元に当てて、くすくすと可愛らしく笑っているんじゃ無いだろうか
「...っ、」
...だけど
あの時の寧々は、嘘をついているようには見えなかった
それに..
『私...三年より昔の記憶が、無いの』
そう言って笑う寧々の笑顔は
今にも、消えてしまいそうだった。
..
翌日、俺は昨日より二つ早い電車に乗った
「..少し、冷えるな」
片道一時間電車に揺られる俺は、耳にイヤホンを付けて椅子に座る
「....」
朝が早いせいか乗客はほとんどおらず、ほぼ貸切の状態だった
〜♪
スマホから曲をタップして、静かにイントロが流れ出す
「..ずっと...追いかけてた..♪」
気付くと俺は自然と歌詞を口ずさみ、目を閉じて揺られていた
..聞いていた曲は、
寧々がいつも、口ずさんでいた曲だった
「..あなたもその歌、知ってるの?」
不意に頭上から声がして、そっと目を開ける
「..お前は...」
「..おはよう」
少しぎこちのない笑顔で小さく会釈をしたのは、霧島寧々だった
「..お前も電車通なんだ?」
「うん。..っていうか、昨日もあなたと同じ電車に乗ってた」
同じ電車に乗ってた?
「あなたたちが降りた後、後ろの方にいた私たちも同じ駅に降りたの」
「...そう、なんだ」
「うん」
隣、座ってもいい?と聞かれ、静かに頷いてイヤホンをしまう
「..さっきの曲...私も、知ってる」
「..俺の幼馴染みが、よく口ずさんでたんだよ。だから、嫌でも覚えた」
頭をくしゃくしゃ掻きながら俺が言うと、彼女は一度唾を飲み込み、確かめるように俺に問う
「その..あなたがいう幼馴染みって、どんな子だったの?」
「....」
俺の知る寧々によく似た顔で、真剣な眼差しに見つめられる
「..一つだけいいか」
「うん」
「..お前、三年前からの記憶が無いって言ってたよな」
「..うん」
「それは...俗に言う、記憶喪失ってやつなのか?」
こんなこと、本当に起こりえるのだろうか
別に、彼女を疑っているわけでは無い
あの時の彼女が嘘をついているとも思えなかったし、出来ることなら俺だって信じたい
でも...
俺が悶々と思考を巡らせていると、彼女は静かに口を開いた
「..私ね、自分でもまだ...自分のことがよく分かってないの」
..三年前、
初めて目が覚めたとき、私は知らない部屋の、知らないベッドの上にいた
身体中包帯だらけで、いくつもの点滴が自分に繋がれていて...
もう、何が何だか分からなかった
だけどしばらくして、ここが病院だったってことが分かって、私は事故による記憶障害だと医者に言われた
夜になって、知らない夫婦と私よりも年が上の男の子が面会にやってきて..
夫婦の女性の方が私を見て、大粒の涙を零しながら何度も何度も繰り返し、私を抱きしめた
『ごめん..ごめんね...』
今でも何であの時、おばさんが私に謝ったのか分からない
夫婦は後に、私のお母さんの兄夫婦だと知り、一緒に入って来た男の子は四つ上の従兄弟の礼央(れお)くんだと知った
「..って事は何、お前事故にでもあって、記憶が無いってこと?」
黙って彼女の話を聞いていた俺は口を開く
彼女は小さく頷き、続ける
「..高校に受かった報告をするためにね、山の上にあるお墓参りに家族で行こうとしてたらしいの」
その道中、車のトラブルにあって..
助かったのは、私一人だけだったらしい。
「お父さんは離婚して、母子家庭で育ったらしいんだけど...礼央くんと同い年だったっていう、お兄ちゃんが私にもいたらしくて」
顔は..全然思い出せないけれど
「..結局、身寄りの無くなった私はそのまま礼央くんの所に引き取られて。
今もそこでお世話になっているの」
最後に小さく笑う寧々が、無理をして笑っているようでとても見ていられなかった
「..で」
「え?」
「何でそんな話...俺にしたんだよ」
言ってみれば、俺とこいつは赤の他人
そんなやつに話してもいいような内容だったのだろうか...
「..あなたには話さなくちゃって、思ったの」
「..?」
「..昨日、初めて会った私に、おかえり、って..あなたはそう言ったわよね」
とても、とても優しい目をしていた
「..私もね、何でか分からないけど..懐かしい気持ちになっちゃって。
...変ね、昔の記憶なんてないのに」
そう言って、寂しそうに笑った
「...」
「..長々と話しちゃって、ごめんね」
しばらくお互いに沈黙だったが、寧々が申し訳なさそうに切り出す
「..あ、のさ」
「...ん?」
歯切れ悪そうに俺は口を開く
「..俺、探してるんだ。
三年前にいなくなった、大切な幼馴染みを」
「三年、まえ...」
「あぁ。..三年前の中学の卒業式の日、あれが寧々に会う、最後の日だったんだ」
小学校からずっと一緒で、いつも一緒にいたこと、
よく二人で部活を抜け出して、キャプテン達と鬼ごっこをしたり怒られたこと、
いたずらが大好きだった寧々によくはめられてははしゃいだこと、
同じ高校に進むはずだったこと...
思い返せば思い返すだけ、辛くなる
だから、あまり口には出さないようにしてきた
でも...
「..やっぱり、会いてえよ」
俺の小さな本心は、目的地に着いたアナウンスにかき消された
..あれからどれくらい時間が経っただろうか
窓の外はもう真っ暗で、気付けば時計の針は夜中の二時をさしていた
「....」
何もやる気になれなかった俺は、ベッドに横になって呆然と代わり映えのしない天井を見つめる
『....あなた、誰』
震える声で、彼女は言った
『私はきっと..貴方の知ってる“寧々”じゃない』
唇をギュッと噛み締めて、彼女は信じがたい発言をした
『私は“霧島寧々”。この春こっちに引っ越してきたばかりなの』
それに、と彼女は付け加えて
『私...三年より昔の記憶が、無いの』
..三年前の記憶が、無い?
俗に言う記憶喪失とかいうやつか?
..そんなドラマみたいなことが、本当にあっていいのだろうか
それに、俺の知る寧々は確か、霧島では無く..
"日南川寧々"、だったはず
「..他人の空似にしちゃあ、タチが悪すぎる」
ギュッと唇を噛み締め、拳に力を込める
「..何だよ、寧々じゃ無いのかよ」
行き所のない拳が、ダンッ!!と壁を殴る
「..くそっ!!」
いつもみたいに、あの頃のように俺をからかっているんだろうか
『わーい!じんってば、まーた引っかかったぁ〜!』
よく小さないたずらを仕掛けては、ことごとく俺の反応を見て無邪気に笑っていた
『も〜!そんな怖い顔しないで?
..駅前にね、新しくアイスクリーム屋さんが出来たんだって!一緒に行こうよ!』
寧々が俺にいたずらを仕掛ける時は、決まって何かがあった
ある時はアイスクリーム屋さんに行こうと言い出し、
ある時はテスト勉強を教えて欲しいと言われたり...
「....」
でもその一つ一つが、今となってはかけがえのない、大切な時間だったのだと
今になって気付いた。
「..やっぱ、見間違えたのかな」
だけどどうしても、思い出の中の寧々が頭から離れない
「..俺を欺いてるなら、もういいだろ...そろそろネタバラシしてくれたって、いいだろ...」
寧々はまた、両手を口元に当てて、くすくすと可愛らしく笑っているんじゃ無いだろうか
「...っ、」
...だけど
あの時の寧々は、嘘をついているようには見えなかった
それに..
『私...三年より昔の記憶が、無いの』
そう言って笑う寧々の笑顔は
今にも、消えてしまいそうだった。
..
翌日、俺は昨日より二つ早い電車に乗った
「..少し、冷えるな」
片道一時間電車に揺られる俺は、耳にイヤホンを付けて椅子に座る
「....」
朝が早いせいか乗客はほとんどおらず、ほぼ貸切の状態だった
〜♪
スマホから曲をタップして、静かにイントロが流れ出す
「..ずっと...追いかけてた..♪」
気付くと俺は自然と歌詞を口ずさみ、目を閉じて揺られていた
..聞いていた曲は、
寧々がいつも、口ずさんでいた曲だった
「..あなたもその歌、知ってるの?」
不意に頭上から声がして、そっと目を開ける
「..お前は...」
「..おはよう」
少しぎこちのない笑顔で小さく会釈をしたのは、霧島寧々だった
「..お前も電車通なんだ?」
「うん。..っていうか、昨日もあなたと同じ電車に乗ってた」
同じ電車に乗ってた?
「あなたたちが降りた後、後ろの方にいた私たちも同じ駅に降りたの」
「...そう、なんだ」
「うん」
隣、座ってもいい?と聞かれ、静かに頷いてイヤホンをしまう
「..さっきの曲...私も、知ってる」
「..俺の幼馴染みが、よく口ずさんでたんだよ。だから、嫌でも覚えた」
頭をくしゃくしゃ掻きながら俺が言うと、彼女は一度唾を飲み込み、確かめるように俺に問う
「その..あなたがいう幼馴染みって、どんな子だったの?」
「....」
俺の知る寧々によく似た顔で、真剣な眼差しに見つめられる
「..一つだけいいか」
「うん」
「..お前、三年前からの記憶が無いって言ってたよな」
「..うん」
「それは...俗に言う、記憶喪失ってやつなのか?」
こんなこと、本当に起こりえるのだろうか
別に、彼女を疑っているわけでは無い
あの時の彼女が嘘をついているとも思えなかったし、出来ることなら俺だって信じたい
でも...
俺が悶々と思考を巡らせていると、彼女は静かに口を開いた
「..私ね、自分でもまだ...自分のことがよく分かってないの」
..三年前、
初めて目が覚めたとき、私は知らない部屋の、知らないベッドの上にいた
身体中包帯だらけで、いくつもの点滴が自分に繋がれていて...
もう、何が何だか分からなかった
だけどしばらくして、ここが病院だったってことが分かって、私は事故による記憶障害だと医者に言われた
夜になって、知らない夫婦と私よりも年が上の男の子が面会にやってきて..
夫婦の女性の方が私を見て、大粒の涙を零しながら何度も何度も繰り返し、私を抱きしめた
『ごめん..ごめんね...』
今でも何であの時、おばさんが私に謝ったのか分からない
夫婦は後に、私のお母さんの兄夫婦だと知り、一緒に入って来た男の子は四つ上の従兄弟の礼央(れお)くんだと知った
「..って事は何、お前事故にでもあって、記憶が無いってこと?」
黙って彼女の話を聞いていた俺は口を開く
彼女は小さく頷き、続ける
「..高校に受かった報告をするためにね、山の上にあるお墓参りに家族で行こうとしてたらしいの」
その道中、車のトラブルにあって..
助かったのは、私一人だけだったらしい。
「お父さんは離婚して、母子家庭で育ったらしいんだけど...礼央くんと同い年だったっていう、お兄ちゃんが私にもいたらしくて」
顔は..全然思い出せないけれど
「..結局、身寄りの無くなった私はそのまま礼央くんの所に引き取られて。
今もそこでお世話になっているの」
最後に小さく笑う寧々が、無理をして笑っているようでとても見ていられなかった
「..で」
「え?」
「何でそんな話...俺にしたんだよ」
言ってみれば、俺とこいつは赤の他人
そんなやつに話してもいいような内容だったのだろうか...
「..あなたには話さなくちゃって、思ったの」
「..?」
「..昨日、初めて会った私に、おかえり、って..あなたはそう言ったわよね」
とても、とても優しい目をしていた
「..私もね、何でか分からないけど..懐かしい気持ちになっちゃって。
...変ね、昔の記憶なんてないのに」
そう言って、寂しそうに笑った
「...」
「..長々と話しちゃって、ごめんね」
しばらくお互いに沈黙だったが、寧々が申し訳なさそうに切り出す
「..あ、のさ」
「...ん?」
歯切れ悪そうに俺は口を開く
「..俺、探してるんだ。
三年前にいなくなった、大切な幼馴染みを」
「三年、まえ...」
「あぁ。..三年前の中学の卒業式の日、あれが寧々に会う、最後の日だったんだ」
小学校からずっと一緒で、いつも一緒にいたこと、
よく二人で部活を抜け出して、キャプテン達と鬼ごっこをしたり怒られたこと、
いたずらが大好きだった寧々によくはめられてははしゃいだこと、
同じ高校に進むはずだったこと...
思い返せば思い返すだけ、辛くなる
だから、あまり口には出さないようにしてきた
でも...
「..やっぱり、会いてえよ」
俺の小さな本心は、目的地に着いたアナウンスにかき消された