大好きなキミのこと、ぜんぶ知りたい【完】
「お邪魔します、」
「誰も帰ってきてないよ、まだ」
「誰もいなくてもいうもんなの。礼儀」
しっかりと靴をそろえて、端に寄せる千尋。
それでも、私より先に部屋に歩いてく彼に礼儀の概念を問いたいけれど、お邪魔しますやお邪魔しました、いただきますやごちそうさま、とかそういう挨拶をいつも千尋は丁寧にする。
千歳くんもそうだったから、お兄ちゃんゆずりというか、そもそもの朝比奈家の常識なのかもしれない。
千尋に遅れて部屋に着くと、すでにやつはくつろいで、カーペットの上にあぐらをかいていた。
私は千尋の隣に座って、木製のローテーブルの上に、教科書とノートと筆箱を置く。
千尋が制服のブレザーを脱いで、シャツをめくって腕まくりした。
教える気分っていうのは、どうやら本当だったらしい。
私の部屋のローテーブルはそんなに大きくない。
横並びで教えてもらうとなると、触れあうような距離に千尋がいる。
別にそのことに過剰にドキドキしたり緊張したりするなんてことは今更ないけれど、いつも千尋が触れていると、近くにいると、心臓が浮いてその隙間に血液じゃない何か透明のすこしひんやりした熱が流れ込んでくるような心地になる。
だけど、千尋は違う。
私との物理的距離が近づいても、千尋の頬が染まることもなく、白くてきれいな肌があるだけだ。
心臓に流れ込むひんやりとした熱がどんな温度なのか、千尋はきっと知らないと思う。