とある小説家の恋愛奇譚
3,忍もじずり誰ゆゑに
「おい、朱里」
それはこの国にしては珍しい晴れの日。
私がリビングでパソコンを開いていると、彼は本から目を離し、こちらを向いて言う。
「なに?」
「昼飯はパスタがいい」
「はいはい…あんたもうこの家に、なんの遠慮もないわよね。いや、最初からなかったけど」
「本は読んだら片付けるは守ってるぞ」
「当たり前」
私は息を吐いて目をグリグリとする。
「なにしてるんだ」
「別に。ちょっと」
「長時間のパソコンは目に悪いぞ」
「分かってるわよ。そーいう作家さんはどうなの?」
「俺はブルーカットメガネをつけている」
「へー、なるほど」
パソコンをパタンと閉じ、私は椅子を引く。
すると、彼はパタリと本を閉じながらこういった。
「朱里は頭が悪いのか良いのかわからないな」
「へ?」
「頭がいいやつは、計算して結論を予測し、それに従った行動をする。けどお前はそうじゃない。頭で計算できるはずなのになんでそう感情的な性格の持ち主なのだろう、と。話をしていたらバカと話しているみたいでな」
「悪かったわね馬鹿で!」
私が鼻息を荒くすると彼はそれだと指を指す。
「今まさに、アホヅラがそこに」
「ちょっと仙川薫黙りなさいさもなければその口ズッタズタに切り裂いて麺と一緒に茹でるわよ」
「あー、くわばらくわばら」
彼は腕をさするそぶりをした。私は続けて文句を言いそうになったが、口の中で止まらせる。
「そういうあんたは、計算的に動いてそうね」
「少なくともあんたよりはな」
「ぐっ」
私はまた椅子へどかりと座った。
「……だ、だからそんなあんたがなんでここに来たのかわからないのよ」
その言葉に一瞬、彼の動きが止まった。
私は二週間前からの結論を喋り始める。
「……最初はなにか、ただ単純に何かあったのだと思ったわ。けど、そうじゃない。そう、京一郎さんの結婚が関係してそうね。京一郎さんの結婚相手と何かあったのか。そうならば、京一郎さん自身も身に覚えのあるはず。京一郎さんは、周りの雰囲気には敏感な人だから。けれど、あの電話の声からして本当に困惑していた。ならば、結論は一つ…
ーーあなたが、京一郎さんに対して何かあったということ」
「………」
彼は何も言わない。こんな憶測、反論の一言二言あってもいいはずなのに。
図星なのか、答えるのをただ単純に拒否しているのか。
やがて、彼はふっと息を吐いた。
「……シュリは、本当に頭がいいんだか悪いんだか」
そして寂しげな笑顔でポツリと呟く。
「……ただ、消えたくなった。それだけだ」
「……それだけ、ね」
私は肩をすくめた。
「いきなり触れたくない話題を出してごめんなさい。スパゲティで仲直りにしましょう」
「ニンニクは入れないでくれ」
「はいはい」
そして、いつも通りの雰囲気に戻った。