とある小説家の恋愛奇譚
式が始まり、披露宴も無事に終え、日が暮れる頃二次会が始まり出した。
私は特に何があるわけでもなく、一人ビッフェコーナーで黙々と牛タンを食べていた。
「……疲れた」
「あ、仙川薫。お疲れ様」
遠くの人混みの中から誰か抜け出てきたのを見れば、仙川薫だった。げっそりした面持ちでやって来る。
「たく、香水臭い女たちばかりだ」
彼の甘いマスクと経歴が女たちをおびき寄せたようだ。ご苦労様なことである。
「そしてお前は色気より食い気か」
肉をほうばる私を若干呆れた目で見る。
「失礼な…そりゃまあ。彼氏欲しいとかないんで」
「そういうのを非リア充と言うんだぞ」
「なにそれ」
「日本の現代造語だ」
「へー」
「……お前なら、男に不自由しなさそうだな」
「へ?」
いきなりの褒め言葉とも取れる言葉に私は少したじろぐ。
「……モーテレルナー」
「声が死んでるぞ。腹減った。俺も何か食いたいな」
「まあまあ任せなさい。私が盛り付けてあげよう」
私は自分の皿を一度彼に渡すと、サラダや肉などを盛り付けて再び戻った。
「はいどーぞ」
「ありがとう」
二人でしばしば肉をほうばり、サラダを咀嚼する。遠くの女子たちが二人を訝しげに見ていることを知らずに。
「……お前の料理は、普通にうまかった」
「え、なに、突然」
とうとう頭でも狂い出したか。
「俺は普段家事は全くしないからな」
「………はあ。いや予想はしてたけど」
胸を張って言うものなのか。
「大体出来合いのものを食べるか外食をするかで、誰かの手作りは到底食べない。そもそも手作りと聞くだけで食べる気も失せてしまう」
彼は私に言うでもなく、ぼんやりと自分の中で思っていることを口に出しているようだ。
「…」
「けど、お前の料理は普通に美味しかったよ…なんの害もない、強いて言うならば優しい味だった」
「……はぁ。つまり美食家の口に及第点の料理だと」
「まあそう言うことだな」
そしてふと何かを思いついた顔でこちらに視線を下げる。なんとなく想像はついているが。
「朱里、アルバイトしないか。俺へ料理を作るという」
「丁寧にお断りさせていただきます」
「なんだ残念」
「誰が喜んで行きますでしょうか」
「さっき見ただろう。香水臭い女どもならイチコロだぞ」
「………仙川薫」
下げたままの視線に私は目を合わせた。
「あんた、幸せ?」
突然のその言葉に、彼はすっと目を細める。
「……なんだいきなり」
私はその後に続ける言葉が見つからなくて、少し黙った。
すると、察したのか、頭にぽんと彼の手が優しく乗る。
「朱里、お前がそこまで気にしなくて大丈夫だ」
「……」
「まあ、そりゃお前の家にいきなり押しかけて、大人らしかぬ行為をしたことは謝る」
しかし、その手が離れると同時に酷く冷めた声音が降ってきた。
「……けど、同情ならいらない。言っとくけど、これ以上俺たちのことでお前が悩んでも意味ないぞ」
「……」
その時だ。「薫、いたいた」と声をかけてきたのは。
「薫、今日は本当にありがとうな」
お色直しをした夏樹さんは、バラの花がちりばめられた模様のドレスを着ていて、メイクは少し軽めになっていた。少し疲れてしまったのだろう彼女を気遣うように、腰に手を回した京一郎さんは仙川薫のところに現れた。
「ああ、京一郎。お疲れ様」
「そっちこそ。スピーチ、ありがとな」
「感動しました」
夏樹さんも軽く頭を下げる。仙川薫はにこりとしながら「いえいえ」と返す。
「いい友達を持ったなって、父さんや母さんも言っていたよ。もー、僕は涙が出そうだった」
「そうか。ありがとう。お前の幸せそうな顔見れて、俺も幸せな気分だよ」
ーーーーぷつり、と私の中で何かが切れた音がした。
仙川薫はこちらに話しかけようとして止まる。
「朱里、お前も……朱里?」
「どうした?」
京一郎さんもこちらを見て首を傾げる。
「……………のよ」
「え?なに?」
「誰が同情なんかしてるってのよ!」
そこからは、もう知らない自分が自分を動かしていた。
「ふんっ!」
仙川薫の左頬に思い切りグーパンチをかます。私の右腕は綺麗にしなり、見事直撃。
予想だにしない反撃に彼の驚いた顔が見えたが、そんなこと気にしなかった。
「伝えたい言葉すら言えないような奴に、同情するって?ーーふざけんじゃないわよ!」
「………」
「そりゃ、あんたの環境には?同情するかもしれないわ。けどね、それとこれとは別よ、言うこと言えないチキンなんか、同情するまでもないわ!この、ヘタレ野郎!!」
左頬を抑えながら目を丸くする仙川薫。その隣で口をぽっかり開けた京一郎さん、驚いた顔をして固まるっている夏樹さん。
言いたいことを十分の一しか言えていない私は、また口を開こうとしたが、最後の理性がそれを留めた。
会場内はなんだなんだと様子を見てくる人たちが出てきて。
「……すみません。頭冷やしてきます」
私はその場から早足で逃げていった。