とある小説家の恋愛奇譚
「………仙川薫」
会場の中に入ろうとした彼に、声を掛けた。
「なんだ」
朱里は目をそらし、口をもごもごさせながら言う。
「……私は、あんたのこと…少なくとも、嫌いじゃないわよ」
その言葉に、彼は一瞬目をパチクリさせた。
しかし、すぐににやりと笑いだす。
「ほお」
「な、なににやついてるのよ」
「ツンデレがデレたなと」
「はああ?ツンデレって、どういうことよ?!私が?」
「いや、気づかなかったのか?お前は相変わらず頭が悪いな。いや、おこちゃまか」
「黙らっしゃい!」
「大体あんな猫パンチ、蚊に刺されたぐらいだぞ」
「か、蚊に刺されたあとが、蚊の強みなんだから!」
「はいはい」
「なによ、はいはいって!」
二人が戻ってきて、京一郎達はホッとした顔つきになった。
「二人とも、仲直りはしたのか?」
「京一郎さん、死んでもこいつとは仲直りする気なんてないから!」
「へ?」
「まあまあ朱里。京一郎相手に唾飛ばすなよ」
「あんたは黙ってなさい仙川薫!」
「……お前達は、本当に仲良いんだな」
京一郎は楽しげに笑う。そんな彼に仙川薫は目を向けた。
「……京一郎」
「ん?」
「結婚、おめでとうな」
「ああ……ありがとう、薫」
仙川薫は、そのとき、ちょっとだけ泣きそうな笑いをした。
……それは、彼の幸せそうな顔なのかもしれない。
そしてそんな彼の横顔を見て少しどきりとしてしまう自分に気づき、朱里は思わず首を振った。
ーーーないない、絶対にないんだから!
しかし、ぶつかってもまたすぐ離れていくくらいの縁かと思っていたが、今後も何かありそうな予感に、思わず身の毛が立つ。
「…どうした朱里。右頬ならもう勘弁してくれよ」
「誰が殴りますか!」
ーーーだがしばらく、彼の歩き出した道を見守るのも、まあ、悪くはないか。
なんせ、雨の中拾って、そしてあろうことか彼のぜんまいを回してしまったのは………
ーーーー誰であろう、自分のせいなのだから。
「……言っとくけど、家電三台破壊にその他もろもろ、責任はしっかり取ってもらうから」
「それは恨み深いな」